『八つの欠片たち』 〜投稿SS『お帰り 2』〜
『 お帰り 2 〜 羽ばたき 〜 』 時を越える時、いつも感じることがある。 『私は一人ぼっちじゃない。いつでも帰る場所がある』 と、信じられる幸せがある。 だからこそ、私は後ろを振り返らず前を見つめて踏み出せる。 私は戦国時代と今とを繋ぐ古井戸に掛けられた梯子を上り、久々の帰宅に玄関の引き戸をがらりと勢い良く引き開ける。 「ママ、ただいま!」 あの時代から戻って来た時、最初に口から出る言葉はいつも これ。 「かごめ、お帰りなさい。犬夜叉君は?」 返って来るママの言葉もいつも同じ。 「あいつ、こっちに戻るって言ったら、また拗ねちゃったのよ。 でも、試験があるから、”おすわり”で黙らせて帰ってきちゃった」 「あらあら、犬夜叉君てば可愛いじゃない。また、直ぐにお迎えに来るんでしょ?」 「多分ね。あいつってば、辛抱が足りないから・・・」 おじいちゃんが大好きな「黄門様」や「上様」みたいな、毎回お決まりの展開となるドラマの決り文句のようだ。こんな風に毎度同じやり取りをすると、やっとこちらに帰ってきたのだと、こちらに居るのだと実感できる。 冷蔵庫を開けて中を物色していると、庫内はぎっちりと食べ物が詰まっていて、欲しい物は全て揃っている。 「コーラ、あるかな?」 「かごめ、まずは手を洗いなさい。お行儀悪いわよ」 「は〜い」 家を離れることが多くなって気付いた事がある。ママって凄いと思う。 痒い所に手が届くというか、ソツがないというか、その準備周到さにいつも驚かされる。 かごめにとって、母は幼い頃よりの憧れの存在であった。 料理が上手いからというだけでなく、いつも笑っているからというだけでもない。何よりも自分を信じて無条件に包み込んでくれるという確信に満ちた想いが溢れ出すからだ。 それは真綿に包(くる)まれたようなまどろみの安心感と表現したらよいのだろうか。 一歩前に踏み出す勇気が足りず、どうしようかと逡巡してしまった幼い頃、決まって振り向いてその姿を探した。そこには、いつも変わらずに柔らかな微笑を浮かべる母がいた。その瞳は「大丈夫。あなたならできる」と無言の”励まし”と、「何時だって見守っている」という無言の”約束”を語っていた。だからこそ、かごめは自分を信じて一歩踏み出すことができた。 もちろん、道を誤った時は、優しいながらもきっぱりと叱られた。 かごめにとって、今も母は、かごめが目指すべき『指標』と呼ぶべき存在である。 時々、不思議に思うことがある。 「かごめを信じてるから」ってママは言うけど、よくも私をあちらの世界に笑って送り出せるものだと感心する。 私には「使命がある」って、どうしてもあちらに行かなくっちゃならないって迷いなく言えるけど、実際に時を越えられるのは私だけ。いくら信じているといっても、登校も中々できず、綺麗に右肩下がりの下降線を辿る成績表を見ても、たまに怪我をして帰ってくるのを見ても、どうして今の私の生活を笑って見守れるのだろう。 ずっと前から一度、聞いてみたい気がしていた。 「何故ママは私をあちらの世界に平気で送り出せるの?」って。 そのくせ、ママの後姿にその気になっても、振り返ったママの顔に浮かぶ微笑を見ると、どうでもよくなってしまう。 もしかすると、私は恐いのかもしれない。 ママの本当は気持ちは違うのかもしれないって、何処かで怯えているのかもしれない。 久しぶりに家族みんなで夕飯の食卓を囲み、にぎやかで楽しい一時を過す。 草太が「おやすみなさい」の挨拶をして眠りにつき、おじいちゃんも明日は朝から氏子さんとの約束があるからと、早目に部屋に引き篭ってしまった。 今、台所に居るのは明日の朝食の下準備をしているママと、お風呂上りに何か飲み物を探しにやってきた私の二人。 ママが、振り向きながら優しく私に声をかける。 「かごめ、いくら勉強が気になるからといっても、今日ぐらいは早く休みなさいね」 「うん。今日は早目に寝るわ。ママ、麦茶飲んでいい?」 「ええ。でも、おなかを冷やさないように、ほどほどにしなさいね」 「うん」 振り向いたママの顔が少しだけ憂いを帯びている気がした。 戸棚からお気に入りのひよこのマグカップを取り出し、冷蔵庫から麦茶のポットを取り出してカップに注ぐ。 ぱたん。きゅるっ。とぽとぽとぷっ…。ぎゅゅるっ。ぱっ…たん。かたん。ぎしっ。食卓の自分の席に着いて、ママの仕事をじっと見つめる。 手際よく、それでいてゆったりと滑らかな仕草で物事が運ぶ。 その視線に気付いたのだろう、ママが声をかける。 「どうしたの?」 「ううん。別にどうしたわけじゃないけど、こうやってママをじっと眺めているのって久しぶりだなって思ったの」 「そうね。三年生になって受験勉強を始めた頃から、こんなにゆったりとしているかごめも珍しいわね」 そんなゆったりとした時間が、今まで口に出せなかった一言を口の端に乗せる。 「ねえ、ママって心配じゃないの?」 「何が?」 「あっちの世界に私が行くこと…」 「……」 沈黙の時間が何だか恐い。 決して開けてはいけないパンドラの箱を好奇心から覗いてしまったような、踏み越えていけない一線を思わず超えてしまったような気がする。 聞かなきゃ良かったと後悔してみても、口から放たれた言葉は二度と戻りはしない。 無言のまま最後まで仕事を終わらせ、濡れ手を拭きながら、ママも戸棚からカップを取り出し、かごめの向い側の席に着く。カップ一杯分のお茶を飲み干すまで、ママは一言も言葉を発しはしなかった。 最初の言葉は、予想通りというか、予想外というべきか・・・・・・。 「心配に決まってるわ」 その一言は、震えるような哀しい色を帯びていた。 胸がキリキリと痛む。 普段、気に止めないようにしていた想像の中の『真実』に胸を鷲掴みにされた気がする。先ほど、錯覚かと思ったママの寂しげで、そして憂いを湛えた表情で、今度は真直ぐに見つめられた。 胸がギリギリと痛む。 いつも意識の最深部に仕舞いこんで、気付かないフリをしてきた想いは、本当のことなのだと突きつけられたのだ。震えるような声も辛かった。 悲しげな瞳をしながらも柔らかい微笑を無理やり湛えたようなママの顔が真直ぐに見られない。 食卓の上に視線を落としてうなだれていると、静かに次の言葉が降ってくる。 「でもね。あなたを信じているから送り出せるというのも、本当のことなのよ」 その言葉に顔を上げると、潤んだ瞳に浮かぶ壮絶なまでの微笑に釘付けになった。 「ママ・・・・・・」 「どう言ったらいいのかしらね。あなたがあちらの世界に行くことは、本当ならありえないことだわ。それでも、道が繋がっているということは、あちらの世界にあなたがどうしてもやらなくちゃならない何かがあることなんだと、私には思えるの」 「ママ・・・・・・」 「それを終えるまでは、道は閉じないって思えるからかしらね」 胸がズキンと痛む。 「終わったら・・・」 「そう。それがあなたに与えられた『使命』と言ったらいいのかしら、それとも『運命」と言ったらいいのかしらね。それを終えるまでは、私ができることはそれを受け入れて信じて祈るしかできないって思ったの。もし、『駄目』と言ったら、あなたは向こうの世界に捉えられて、二度と帰って来られないような気がしたのよ」 胸がズキズキと痛む。 「二度と帰って来られない・・・」 今度は、先ほどとは違う理由で今の曖昧で不確かな状況が恐ろしくなり、再びテーブルに視線を落とすと、涙が溢れ出す。 今まで何度危険な目に遭遇しても、本当の意味での『旅の終焉』と『井戸が二度と繋がらない』ことは、考えたことは無かった。 いつだって二つの世界が繋がっていることが普通で、以前一度だけあった犬夜叉が封鎖した際の焦りも一時的な特殊なものだと信じて疑わなかった。 「うちの神様があなたを選んだのよ。神社の娘にぴったりな使命じゃない。他所の子には任せられないのよ。きっと」 ママのピントがずれたような一言に顔を上げると、にっこりと微笑むいつものママがいた。 「それに、犬夜叉君はかごめの最高のボディーガードだわ」 あまりにいつも通り過ぎて、思わず笑いたくなる。でも・・・。 「ママ。私ね、今まで『旅の終わり』って考えたことがなかったの。 本当のこと言うと、・・・考えたくなかった」 再び、沈黙が漂う。 「ママ・・・。 犬夜叉には、あいつには決まったひとが居るの。 ずっと前に、全てが終わったらそのひとと一緒に逝くって言われたの」 今まで自分から口にしたことがなかったあの「決別の言葉」が、あの時の辛い想いが胸に蘇って来る。 「私、犬夜叉にずっとそばに居て欲しいって願ってる。 でもね、ずっと以前に、・・・きっぱりとそう言われた。 旅が終わるっていうことは、犬夜叉とさよならすることなの」 「かごめは犬夜叉君が好きなのね」 「・・・・・・」 「ママから見たら、犬夜叉君もかごめのことが大好きよ」 「・・・・・・」 「ママ、何で出逢っちゃったんだろう。あいつと私」 「きっと、それが二人の『運命』だったからよ」 「最後はお別れの運命?」 「ううん、ママはそれは違うと思う。出逢いは神様が用意してくれた運命かもしれないけど、それを幸せな未来にするのも、悲しい未来にするのも本人次第だと思うわよ」 ママはまるで菩薩様のような包み込むような優しさで、言葉を紡ぐ。 「神様ってね。結構シビアなものなのよ。きっと。 仏様は『慈悲』ってことで漏れなく救ってくれるのに、神様は『試練』を要求してくるの。ほんとケチよね。頑張らない人には結構冷たいわ」 ママのその発想には目が回りそうだ。 でも、勇気が湧いてくる。 「かごめ。あなたが一生懸命だから、ママは信じていられるの。犬夜叉君も不器用なくらい一生懸命で、嘘がつけない子だから信じていられるの。もし、あなたたちの絆がママに信じられなくなった時、私はかごめを向こうには行かせない」 きっぱりと言い切る言葉がママの決意なんだろう。 「ママね、あなたを『お帰りなさい』って出迎えるのは、母親の、・・・家族の特権だと思っているの」 にっこりと微笑むママの優しさにさざなみ立った心が落ち着いてくる。 「うん。そうだね。『お帰り』って言ってもらえると、とっても安心するの。 だからこそ、また、一歩踏み出して行けるのかな?」 「そうね、かごめはかごめらしく、頑張りなさいね」 「うん」 ずっと心の底でわだかまっていたママの想いに触れて、その信頼に恥じないように、生きたいと思う。 かごめにとって、母は幼い頃よりの憧れの存在であった。 幼い頃、不安になると決まって振り向いてその姿を探した。そこには、いつも変わらずに柔らかな微笑を浮かべる母がいた。 今は振り向かずに、まっすぐ前を見つめたまま一歩踏み出す。 もし振り向いたなら、その瞳はいつも「大丈夫。あなたならできる」と無言の”励まし”と、「何時だって見守っている」という無言の”約束”を語っているだろう。 だからこそ、かごめは自分を信じて一歩踏み出せる。 もちろん、道を誤った時は、優しいながらもきっぱりと叱られるだろう。 かごめにとって、母は昔も今も、かごめが目指すべき『指標』と呼ぶべき存在である。 そして・・・、 「かごめ、いい加減に帰ってこねえのかよ。いつまでこっちに居るつもりだ!」 お約束通り、約束の前日に姿を現した少年に笑いが零れる。 「何でぃ。おまえ、何をくすくす笑ってんだよ」 「そろそろ犬夜叉が迎えに来る頃だと思ってたら、本当に来るんだもの。寂しかった?」 「へんっ!おまえが居ねえと、欠片の在りかがわからねえじゃねえか。 俺が寂しいはずねえだろ?寂しがってるのは、七宝の奴だ!」 顔を赤らめて言う言葉にやせ我慢が見え隠れする。 「はいはい、分ったわよ。犬夜叉は寂しくなかったのね。 じゃあ、約束の明日までもうちょっと待っててね」 「ぐっ・・・」 「・・・・・・(くすっ)」 「まだ、あっちには帰れねえのか?”てすとう”とやらはまだ終わらねえのか?」 それは、だらんと耳をうなだれさせて、ご主人様のお帰りが「まだだ」ということに失望の色を浮かべている飼い犬のような、力ない問いかけであった。 「う〜ん、どうしようかな?少し買物があるんだけど、付き合ってくれる?犬夜叉」 「おうっ、とっとと行こうぜ」 耳をぴんと立て、満面の笑みを浮かべて喜んでいることに本人は全く気付いていない。 「分ったわよ。犬夜叉、荷物持ちの方、宜しくね」 「おうっ」 「じゃあ、ママ。行って来ます」 「かごめ、気を付けてね。犬夜叉君、かごめを宜しくね」 「おうっ、任せとけ!」 時を超えて出逢った二人は手に手をとって、井戸に飛び込んでいく。 そこは、二人が未来を作る場所。 そこは、二人が互いの未来を切り開く場所。 伝説は伝える。 − 了 − ************************************************************************* (初書き2005.05.10/改訂2005.09.11) 「お帰り」第二話です。 誰にでも、心揺れる時があるだろうな。 「今」を生きる者にとって、「未来」は見えないものだから。 だからこそ、「運命」を超えて「未来」を切り開いていってほしいものです。 かごめちゃん、頑張れー! ふふふっ、第三話もあったりします〜。(^^ゞ このたびは、素敵な企画に参加させて頂くことができて幸せでした。 主催者の皆様、ありがとうございました。 『朔の夜・黎明の朝』 Iku |
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