『八つの欠片たち』 〜投稿SS『お帰り 3』〜  







  『 お帰り 3  〜 帰る場所 〜 』





あいつが口にする「向こうに帰る」という言葉は、俺に不安をもたらす。
あいつは、いつも笑顔で「じゃあね」って、軽い気持ちで俺を置いて行っちまう。
きっと帰って来ると思いたい。
きっとまた俺の隣に帰ってきてくれると信じていたい。

だけど・・・。










「犬夜叉! おまえがかごめを怒らせるから、かごめはあっちに行ってしまうんじゃ。
全部、おまえが悪い」
びしっと人指し指を俺の顔に向けて、七宝の奴がガキのくせして俺を批難しやがる。
「何だと、おめえにそんなこと言われる筋合いはねえ。
かごめの奴はかごめの”てめえ勝手な”都合で、あっちに帰ってるんだ。
俺のせいじゃねえ。ふんっ!」
ぼかっ。
「ひえぇ―――――んっ。犬夜叉の馬鹿がおらを打(ぶ)った。かごめぇっ」
「へん、ざまあみろ。自業自得だ」







口は禍の元。
飼い主が不在で苛立ちを隠し切れないと表現してもぴったりだと納得してしまいそうな犬夜叉の様子に、楓の村で暫しの休息をとる旅の一行は、「触らぬ神にたたりなし」と言わんばかりに無視を決め込んでいた或る日のこと。
わざわざ無用な地雷を踏んづける愚を冒すのは、まだまだ子供で自分自身も寂しさに負けてしまった七宝くらいである。

「七宝、おまえは犬夜叉に殴ってもらいたいのかえ。あれでも、あやつはかごめの居ない寂しさを精一杯やせ我慢しておるのじゃ。そこを突付けば殴られても仕方がなかろう」
「そうか、お婆。犬夜叉の奴も寂しがっておるのか?」
「ああ、これでもかと寂しがっておる。本人はきっと認めようとせぬだろうがな。
あの耳を見てみろ。少しうなだれておるじゃろう?
あの口許を見てみろ。わなわなと寂しさに震えておるじゃろう。
それから・・・・・・」

「楓ばばぁ。おめえ、七宝もろとも俺にどうにかされてぇのか?」
わなわなと肩を震わせながら、片手の拳をもう片方の手の平にぱしんと打ち付け、本人は老巫女を威嚇しているつもりである。

「おまえ、いくら図星を指されたとはいえ、大人げないことするでないぞ」
「図星とはどういうことでぃ!」
「そういうところではないか。顔にでておる。顔が真っ赤になっておるぞ」
「そういうことじゃな、犬夜叉。おまえ、気付いておらんのか」
「これ、七宝。犬夜叉をからかうでない」
顔を真っ赤にして怒る犬夜叉を軽くいなす老巫女と、その尻馬に乗る仔狐に、実際のところ、振り下ろすことなどできもしない拳を握り締めながら、小屋の簾を払い上げて、外へと出ていく。


「やっぱりお婆の言う通り、犬夜叉も寂しいのか?」
「見ての通り。おまえ以上にあやつは寂しがり屋じゃ。ただ、おまえよりも大人だからな。素直に寂しいと言えぬだけじゃ」
「犬夜叉の、何処がおらより大人なんじゃ?」
「そうは思えぬか?」
「形(なり)の大きさか?確かに、おらよりはでかい。でも、性格はおらより子供じゃ」
「そうかね?」
「犬夜叉だぞ。そうに決まっておるじゃろうが」
「そうかそうか、七宝は賢いからな」
祖母と孫の可愛らしい言葉のやり取りに、旅の一行は思わず笑みが零れる。
「犬夜叉の奴も、一人になりたかっただろから、ちょうど良かったよね。法師様」
「あいつは素直じゃありませんからな」
「犬夜叉の気持ちは分らないでもないけど、苛々を振りまかれるのはたまらないからね」
「そういうことですな」



犬夜叉の耳には、その耳聡さゆえ、一行の会話が聞こえてくる。
「あいつら、言いたい放題言いやがって・・・・・・」
ひとり、ごちてみる。








ひとり、古井戸の傍らにたたずんで、闇へと続く井戸の底を覗き込む。
時々、かごめが居ないのが本当で、夢の中で時を越えて来訪した少女に出会っている錯覚を覚える。

昔から安心して眠ることなどできず、普段より犬夜叉の眠りは浅い。
いつも、夢うつつの休息を取る。
そんな時、浮かび上がる幻は、かつて将来(さき)を約束をした巫女の怨嗟の叫びと、「さようなら」と寂しげに微笑む大切な少女との永遠の別れ。
それは悪夢と呼んでもよいのだろう。過去に犯した罪に縛られ、未来を夢見ることを禁じた悲しい結末の夢。
いつも、漠とした夢から目覚めた時、傍らで柔らかく笑みを浮かべて眠る少女を探す。
そして現実は、少女の傍らが自分の居場所なのだと確認する。




自分から言ったはずだった。
いつかその時が廻り来た時、見捨てては置けぬ彼の巫女と一緒に逝くと。
だからこそあの時、少女を本来の場所へ帰したはずだった。
でも、少女の優しさに自分を甘やかし、己が決めたはずの未来を見つめるべき両の目を塞いだ。




俺は卑怯者だ。








声には決して出さず、心の内で叫ぶ。



(俺は卑怯者)
目の前で笑うかごめを一日だって長く見ていたくって、あいつを連れ戻しに行く。
それでも、わだかまる贖罪の気持ちを心の片隅から消し去ることができず、いつかかごめを泣かせても俺は逝ってしまうだろう。


(俺は卑怯な欲張り者)
かごめがかすり傷だろうとなんだろうと、傷つくのを見てはいられない。
あいつを泣かせたくないのは本当だ。
でも、いつもいつもあいつの心を傷付けているのは俺自身。
旅が終わらないことを、明日が永遠に続いて欲しいと願っているのは、本当は誰よりも俺自身なのかもしれない。


(俺は醜い卑怯者)
俺は俺の欲にまみれ切っている。
裏切られるのに慣れてしまって、誰も信じる事などできない俺に、人の心を呼び覚ましたのはかごめ。おまえだ。
誰よりもおまえには幸せで居て欲しい。そのくせ、誰よりもおまえを傷つけているのは俺。

「二度と裏切りたくない」と言って、おまえに別れを告げたはずなのに、おまえの差し出す手を離せなかったのは卑怯な俺自身。

おまえの居ない孤独に耐えられず、それでいて、あいつも放っておけず、何度おまえを裏切ってきたのだろう。
それでも、いつかおまえを置いて、俺は逝ってしまうのだろう。


だけど今は、おまえが傍らに居ない孤独に、気が狂いそうで耐えられはしない。
おまえの笑顔が見たくって、おまえの優しさに付けこんで、俺の傍らにおまえを繋ぎ止める。



(俺はわがままな欲張り者)
俺の未来には地獄の業火がきっと待っている。
俺がおまえを傷つけているから。
それでも俺は、おまえを手放すなんてできやしない。



いつか来るその日まで、おまえの傍らでまどろんでいたい。







俺は、なんて罪深いんだろうな。









かごめ、俺の孤独はおまえしか救ってくれはしない。
本当は、おまえに救いを求める権利なんて、俺にはないのだろう。
おまえの心を踏みにじる勝手な俺は、おまえにいつ愛想を付かされてもおかしくない。

心が痛い。

心が辛い。

俺の心が半身を望んで泣き叫ぶ。



本当は、望んじゃいけないと分かってる。




だけど、心が痛い。

心が辛い。

おまえがいないと、俺は狂って心を無くす。









かごめ、帰ってきてくれ!












決して口にしては、いけないと分っているこの想い。



「かごめ、誰よりも愛している。おまえと未来を生きていきたい!」





――――――涙が溢れてくる。












(俺はわがままな欲張り者)
俺の未来には地獄の業火が待っている。
それでも、その日まで、その瞬間まで、おまえの傍らでまどろんでいたい。

そして、俺は、
おまえに俺の真実(ほんとう)は決して告げはしないのだろう。









なんて身勝手な俺。




















いつからだろう、木々に覆われたこの「入らず森」に、しとしとと冷たい雨が降ってくる。

今はまだ、終わりの見えぬ旅の途中。
俺は、おまえの優しさに、いつか来るだろう闇へと続く終末が見えてはいないふりをする。



今だけは、
おまえの傍らに帰っていいだろうか?





約束の日が過ぎて、おまえが俺の傍らに帰らぬ「恐怖」に俺は耐えられはしない。


















そして・・・・・・、







「かごめ、いい加減に帰ってこねえのかよ。いつまでこっちに居るつもりだ!」
孤独に耐えられなくなった約束の日の前日、俺を迎えたのは、くすりと笑うかごめ。
「何でぃ。おまえ、何をくすくす笑ってんだよ」
照れ隠しに言ってみる。
「そろそろ犬夜叉が迎えに来る頃だと思ってたら、本当に来るんだもの。寂しかった?」
(俺の気持ちを見透かしてるのか?)
「へんっ!おまえが居ねえと、欠片の在りかが分からねえじゃねえか。
俺が寂しいはずねえだろ?寂しがってるのは、七宝の奴だ!」
寂しさを気取られぬよう、うそぶいてみる。
「はいはい、分ったわよ。犬夜叉は寂しくなかったのね。
じゃあ、約束の明日までもうちょっと待っててね」
「ぐっ・・・」
「・・・・・・(くすっ)」
(かごめの奴、俺で遊んでやがる)
「まだ、あっちには帰れねえのか?”てすとう”とやらはまだ終わらねえのか?」
”我慢ならねえから来たんじゃねえか。それぐらい察してみろ”とは、さすがに口にはできはしない。
「う〜ん、どうしようかな?少し買物があるんだけど、付き合ってくれる?犬夜叉」
(おおっ、その気になった)
「おうっ、とっとと行こうぜ」
かごめの笑い顔が俺に向けられている。
「分ったわよ。犬夜叉、荷物持ちの方、宜しくね」
「おうっ」
(何だってやってやるさ)


井戸を潜る前のあの焦燥感が霧消していく。
俺の居場所はおまえの傍ら。
俺の生ある限り、おまえの傍らが俺の帰る場所。











「じゃあ、ママ。行って来ます」
「かごめ、気を付けてね。犬夜叉君、かごめを宜しくね」
「おうっ、任せとけ」


時を超えて出逢ったおまえと俺。手に手をとって、井戸に飛び込んでいく。









いつかおまえに別れを告げる日が来るのだろう。
それでも、その日が来るまでは、俺の命はおまえのもの。


おまえは、俺が帰る場所。





わがままな俺は、意識の消え去る最後の瞬間まで、きっとおまえを想っているだろう。


決して、おまえには何も残さないだろう。

言葉一つ、残しはしないだろう。








けれど、きっとおまえを想う気持ち一つだけを抱いて逝くのだろう。





その日まで、

その時まで、

その最後の瞬間まで、

おまえの笑顔を俺に独り占めさせてくれ。


















    伝説は伝える。









  【日暮神社 縁起】
   終之章 第弐節『命』
    「時を超え来訪せし光の巫女、無を迎えし夜叉なる狛の神を現世に繋ぎ留めん」







− 了 −



【2】  ←


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(初書き2005.05.12/改訂2005.09.11)
「お帰り」第三話です。
ここまでくると、「お帰り」というタイトルから逸脱気味です。
私のインナーワールドに住んでいる犬君は、とんでもなく身勝手な我がまま者です。(^^ゞ
それは、かごめちゃんに対して・・・。
でも、犬君なりに誠実であろうと一生懸命なんです。許してやって下さい。

こんな犬君が私の中に住んでいます。
自分を自分で縛って、心許した人に誠実であろうとするあまり、
優し過ぎるがゆえに、逆に自分自身も大切なひとも傷つけてしまう。
それが分かっているのに、どうしようもないほど不器用な犬君が愛しい。
ああ、これでもかというほど悩む犬君を愛でることを止められない。
でも、いつか、その心を縛る鎖が解き放たれることを望んでいます。(多分)
素敵な企画『八つの欠片たち』という企画のおかげで、
作文のための作文を書くという第一歩を踏み出すことができました。
主催者の皆様、ありがとうございました。
『朔の夜・黎明の朝』 Iku





【Iku-Text】

* Thanks dog friends ! *

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