『八つの欠片たち』 〜投稿SS『お帰り 1』〜
『 お帰り 1 〜 安らぎの場所 〜 』 石組みの階段を駆け上がったそこは、その辺りでは一際小高い場所で、ましてや平日の朝ともなれば人気(ひとけ)もほとんどなく静寂という名の空気が支配していた。 両の瞼をしっかりと閉じ、手のひらを合わせ一心に祈りを奉げる一人の女性がいる。 彼女のそんな真摯な姿が、ここでの毎日の日常となって久しいことを知る者は数少ない。 時が静かに流れ、吹き抜けていく緑風が彼女のおくれ髪をさわりと巻き上げる。 「すまんな。わしもこんなことになるとは夢にも思わんかった」 ざりっと玉砂利を踏みしめる足音と共に、背後より掛けられた声にゆっくりと目を開く。 そして、ゆっくりと面(おもて)を上げると柔らかい微笑を浮かべて首を横に振る。 「いいえ、お気になさらないで下さいな。多分、それがあの子の運命だったんです。 それに私、あの子が小さな頃から、心の何処かで【今】のあの子を覚悟をしていたんだと思います。それでもやっぱり、無事を祈らずにはいられないんですけどね」 ざざざざざ―――――っ。 新緑香る森を風が吹き抜けていく。 そこは、東京とはいえ都心より離れている為、閑静という言葉が似つかわしい、と町にある神社の境内。その名を「日暮神社」といって、その歴史は500年を超える。文献に残る創立は戦国時代と結構古く、実質的に今の名を冠するようになってからでも450年を超える由緒正しい神社である。 そして、神社には付き物の「謂れ(いわれ)」の類ももちろんある。 ”聖邪に彩られし四魂の珠 汝に『邪』なる願掛けん 珠は世界に闇の覇者解き放てり 汝に『聖』なる願掛けん 珠は世界を光に導く 災の火神、勇なる 荒魂(アラタマ)、 親なる 和魂(二ギダマ) 神の加護 天の智 奇魂(クシタマ) 地の愛 幸魂(サチタマ)、 すなわち四魂、四界を統べり” という何やら小難しい『四魂の珠』だとか、神社の境内に厳かに祀られる樹齢五百年を遥かに超える「時代樹」とも称される『ご神木』、その枝より切り出して作られたとされる古井戸『骨喰い井戸』がある。他にも非開示の”御神体”を初め、神社の裏手には通常は『入らずの森』と呼ばれる森もある。 他にも「桃太郎神社」とどっこいどっこいの、これでもかというほどの荒唐無稽さに彩られた”お伽噺”を思わせる伝説にも事欠かない。 「おじいちゃん。あの子は小さな頃、あの”お伽噺”が大好きでしたわね。”お伽噺”の神様に憧れて、毎晩わくわくして聞き入っては眠りに落ちる。それが日課だった」 「そうじゃったな。あの子はあの話が本当に好きじゃった」 「そうですね」 さわさわ・・・ざざざ―――――っ。 振り仰ぐと、新緑の澄んだ香りを乗せて風が森を吹き抜けていく。 「おじいちゃん、そろそろ十時のお茶にしましょうか?」 「そうじゃの。氏子さんから頂いた饅頭もあることだし、熱いお茶でも煎れてもらおうかの」 「はい。でもせっかくの良いお天気ですからこちらにお持ちしますね」 「うむ。そうしてくれ」 ご神木近くに据えられたベンチに腰を下ろし、二人はお茶を啜りながら、日に日に樹勢を伸ばす五月の若葉に、新葉を透かす陽の日差しに、ゆったりとした気分で目を細める。そんな長閑な風情は、限りなく日常を思わせた。 実際のところ、不思議な話である。 老人にとって孫娘であり、彼女にとって、もう一人男の子がいるとはいえ、ただ一人の娘は、小さな頃より利発で愛くるしい子供であった。 その娘が幼い頃、毎晩決まってねだったのは神社に伝わる伝説というよりはお伽噺と言った方がしっくりきそうな『日暮神社のはじまり』。 他の昔話には見向きもせず、来る日も来る日もこればかりであった。 そんなことは子供には良くあることなので、なんら不思議はない。 子供というものは、お気に入りのお話を五十回でも百回でも聞きたがるものなのである。大人ならば単純に「もう知っている」と片付けてしまうところも、子供にとっては「わたしは知っている」という優越感となるのだろう。そして、同じ冒険を同じ結末を知っているからこそ、安心してその世界に浸ることができるという子供ならではの楽しみ方をするからであろう。 多分に自分でも語れるほどに暗記している。それでも、耳で聞きながらその世界を自分も一緒になって冒険するのが楽しいのである。 不思議なのは、毎夜せびっていた寝屋(ねや)でのお伽噺――おとぎ話を、ある日を境にぷつりとねだらなくなったことである。 それは5つの誕生日のことであった。 そして幼い子供のことゆえ、毎晩のようにねだったお話も瞬く間に記憶から抜け落ち、二度と意識に浮かび上がらない。その後は、たとえ教えてみても神社の謂れの類は端から記憶されない。かろうじて、目に映る『四魂の珠』『ご神木』『骨喰いの井戸』という言葉だけが記憶として残された。 ”不思議”という名の想い出は、いつの間にやら風化して日常へと取って代わる。 優しい日々が慌しさに覆い尽くされ、”不思議”は埋没していった。 ざざざざざ―――――っ。 若葉を透かす木漏れ日を仰ぎ見ると、水面で揺らぐが如きの光が新緑の葉を煌かせる。 十年という歳月は瞬く間に流れさり、 眠っていたはずの”不思議”という名の糸車は再び回りだす。 いったい何時が始まりだったのだろうか。 遥か時の向こうで糸車は回り始める。 本当は何時が始まりだったのだろうか。 時が交差する今この時に、光届いたのだろうか。 ”不思議”という名の糸車が、かたりと小さな始まりの音を奏でる。 伝説は単なる夢まぼろしではなく、現実の『運命』として回り始める。 幼かった少女は十五の娘となって、『運命』の扉を開くこととなる。 「かごめが、『古井戸の向こうに消えた』と草太から聞いた時、そんな話は信じられなかった。あの子を信じてはいても、そんな話は信じられはしなかった」 「うむ。そうじゃったな」 「数日後、井戸の底で巫女の衣装をまとったあの子を見ても、信じられなかった」 「うむっ。わしも信じられはしなかった」 相槌を打ちつつ、茶をずずっとする。 「あの子を追って『彼』が初めて現われた時も、できれば信じたくはなかったです」 「ママさん。あの時はとてもそんな風には見えんかったぞ。あやつの耳に触ったのは、本当にお茶目じゃなかったのかね?」 「一応本物かどうか確かめてみたんですよ。あの耳って触り心地がとっても良さそうじゃないですか。実際、ふかふかしていて暖かくって気持ち良かったですよ。餃子のもっちりした皮を何枚か重ねた感じで、・・・五枚くらいかしら」 と、くすりと微笑むその顔に憂いは見当たらない。 「ママさん、おまえさんという人は・・・」 老人は呆れながらも、その大きな心にふっと微笑を返す。 「彼が井戸の向こうの世界の住人だと、過去の世界の人だとは信じられなくともそれが真実と分って、かごめが『彼』と出会ったのが『運命』だと分った時は、・・・・・・眠れませんでした」 ざ―――――っ。 白い雲が風で流れ、新緑を透かす光が一瞬陰る。 「涙があふれました。我慢しようにも止まりませんでしたわ。 あの娘の『運命』の扉が開いてしまった。私の大切な大切な、たったひとりの可愛い娘の『運命』の扉が開いてしまったと気付いた時、私ね、『彼』を憎みました」 真直ぐに老人を見つめる瞳には、先ほど浮かべていた微笑みは消え失せていた。 「ママさん、あんた・・・」 老人は唇をぐっと引き絞り、瞳を潤ませる彼女の姿にかける言葉を見失う。 「でもね。あの子を命がけで守る彼の姿に、言葉足らずな乱暴な物言いの陰に覗く彼の優しさに、諦めと許しと願いが取って代わるようになりました」 「確かに、あやつは一生懸命にかごめを守っとるようじゃの。それでも、よく認めてやれるものじゃ」 かごめが話す向こうの世界での暮らしぶりからもそれは伺える。 だが、それは危険と背中合わせという生活を意味している。 「可愛いじゃないですか。不器用で照れ屋で口が悪いくせして、あの子ってば、自分じゃ気付いてないと思うけど、かごめをいつも目の端で追ってるんですよ。かごめと目が合いそうになるとさっと視線をずらすんです。本当に可愛いでしょう?」 と言って、今度は極上の微笑を浮かべる。 「・・・・・・」 唐突な展開である。 先ほどまでの『運命』だの、『危険』な生活だのとかけ離れた論理が展開されていく。 「いつか訪れる『運命の出逢い』って、誰にでもあると思うんですよ。それが早いか遅いかは、ひとそれぞれ。 でも、それに気付いて、それを育んで、自分の未来にするのは『運命』なんかじゃ決してないって思うんです。ひととひとの想いって、お伽噺のお姫様のような”めでたしめでたし”で、簡単には終わるものではないって思うんです。一生懸命生きる日々の先にあるのは、『運命』なんて言葉なんかで簡単に片付けられるモノじゃないですわ」 真直ぐに見つめる眼差しは、自分もそうやって生きてきたのだ。結果がどうなろうと、自分が掴み取った『人生』を悔いなく振り返ることができると語っていた。 「今はね、かごめ同様に『彼』も、・・・あの子も可愛いんです。本当ですよ」 瞳に光る真珠を湛えつつ、ゆったりと浮かべられる慈愛の微笑みに眩暈を覚えそうだと老人は思う。 心にはきっとわだかまる想いがあるだろう。腹を痛めた子を想う母ならではこその。 それでも、それを超えて微笑む姿は壮絶なほど美しくて、大きく強い。 その時、老人は神妙な、もしかすると泣き出しそうな顔していたのだろう。 老人の顔を見つめる彼女が、くすりと笑う。 「おじいちゃん。まだ、彼がかごめの未来の運命の相手とは言い切れないでしょ。それに、絶対に駄目だと言って別れさせて、もし彼が本当の未来の運命の相手なら、かごめは十五でお先が真っ暗じゃないですか」 彼女のその論理に、思わず湯飲みを取り落としそうになる。 「おまえさん、何とも太っ腹なというか、その発想は恐いものが・・・」 「だって、あの子の未来は今はまだ何も決まっていないんです。全ては今日の先のあしたに続いているんですから。あの子が望んでいる限り、頑張っている限り私は決して涙は見せません。あの娘を、そして彼を信じていますから」 ゆっくりと立ち上がり傍らの老人を振り返った瞳は、いつもの朗らかな笑みに戻っていた。その強さ、そのしなやかさ、その大きさに、感嘆を覚える。 「だから、かつて私が羽ばたいたように、あの子がいつか親の手、・・・私の手を離れて巣立っていくその日まで、精一杯、抱きしめてやろうと思うんです。親はいつだって、『お帰り』って、両手を広げて待っている”やすらぎの場所”なんだと信じて」 「あらあら、もうこんな時間だわ。おじいちゃん、お昼御飯は何にします?」 「おや、もうそんな時間かね。五月といったら『目に青葉、山ホトトギス、初鰹』じゃな」 「それは夕飯ですね」 日常が戻って来る。 「おじいちゃん、言っておきますけど、かごめにも、犬夜叉君にも、草太にも、今の『話』は言っちゃ駄目ですよ。」 そう言って、にこやかに微笑む。 「そろそろ今日あたり、あの子達も帰って来そうだから、美味しいものいっぱい作ってあげられるようにしとかなくちゃね」 「ママ、ただいま!」 「かごめ、お帰りなさい。犬夜叉君は?」 「あいつ、こっちに戻るって言ったら、また拗ねちゃったのよ」 「可愛いじゃない。また、直ぐにお迎えに来るんでしょ?」 「多分ね。あいつってば、辛抱が足らないから・・・」 娘は決して口にしないけれど、あちらの戦国の地では、きっと慣れない苦労をしている。それでも、ここで暫く羽根を休めると、また突き動かされるかのように井戸の向こうへと、彼と旅立っていく。 いつか、娘はあちらに旅立ったまま帰らぬ日が来るのだろうか。 運命の輪はいつまでも閉じずに回り続けるのであろうか。 何一つ確(し)かと言えるものはない。 いつまでも、娘に笑顔で「お帰り」と呼びかけていたい。 それでも、煌く瞳で前を見つめる強い眼差しに、 私は、「いってらっしゃい」と背なに声をかけ、二人を送り出す。 いつまでも、いつまでも、娘に笑顔で「お帰り」と呼びかけていたい。 真実は、「伝説」と言う名の”お伽噺”の姿をして、ひっそりと後代に伝えられる。 − 了 − ************************************************************************* (初書き2005.05.10/改訂2005.09.11) こちらは、イメージSSではない、私の作文のための作文、第一作目です。 自分の中にある犬ストーリーの根幹にあるものです。 原作に近いような、ずれているような、そんな微妙な世界が私の中に根付いていたりします。 「いつか書きたい」というより、「いつか吐き出したい」という私の中の犬世界。 「いつかは・・・」と思いつつも、諸事に紛れて中々手を出せなかったのですが、 素敵な企画のおかげで、第一歩を踏み出すことができました。 ありがとうございます。 さて、お題の「お帰り」と言うと、かごめのママさんの顔が真っ先に浮かびました。 可愛い娘を危ない世界に笑顔で「いってらっしゃい」と送り出して、にっこり笑って「お帰り」と迎え入れる。 不思議を通り越して、どうにも信じられない大きな「謎」です。 ママさんにもきっといろいろな葛藤があると思うのですけど、 全て胸の奥に秘めて、「お帰り(よく帰って来てくれたね)」 と、万感の想いを一言に封じ込めているような気がするんです。 こちらは、本来は「お帰り」ではなく「行ってらっしゃい」が妥当なのかもしれません。 そして、「1」ということは・・・「2」話目があったりします。 素敵なお題企画『八つの欠片たち』に参加させて頂くことができて、とても幸せでした。 主催者の皆様、ありがとうございました。 『朔の夜・黎明の朝』 Iku |
|
* Thanks dog friends ! *
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||