夜明け前〜かごめの場合〜
ふと、格子窓から漏れる月の光に目が覚めた。以前ならば、私がもそりと動くだけで目を覚まして、「どうした?」と声をかけてくるのに、今は静けさの中に、かすかな寝息が漏れてくる。
以前も思ったことだけれど、案外、彼は整った顔をしている。当の本人はこれでもかと自覚がないけれど。
力強いけれど流暢に引かれた眉、思いの他長く濃いまつ毛、すっと筋が通った鼻、かすかに開かれた形良い唇、艶やかでふっさりと豊かな銀糸、淡い産毛までが月の光にきらきらと輝く。
初めて眠った顔を見たのは、もう何年も前のこと。そんな時は、決まって、毒にやられたり、大怪我をしていたり、疲れ果てたりで、崩れるように、寝息すら立てずに昏々と眠っていた。
そうでなければ、まどろんでいるのか、目を瞑っているだけで眠っていないのか、彼が言うように単に眠りが浅く目が覚め易いだけなのか、寝入ったといえる顔をほとんど見たことがない。
一緒に暮らし始め、一緒に夢を食むようになってからも、どこか眠りが浅く、ささいなことで目を覚ましていた。彼が言うには、心配なのだそうだ。
私が知らぬ間に腕の中から消えてしまいそうで。
油断から私を守り切れなくて。
それが怖くて、何か気配を覚えると目が覚めるのだと言っていた。
それが、今は安らかに眠っている。
安心できるようになったのか。
それとも、安心させられるようになったのか。
「私はどこにもいかないわ。
あなたと生きていきたいから、ここにいるの」
私は、呪文のように唱える。
決意などではなく、願いでもなく、ただただ確認のために。
月でなく、日の光が差し込むまで、まだ少し時間がある。
温もりに頬を寄せて、私は再び目を閉じる。
- 了 -
初出 2015.01.07 「blog*宵の口から…」にて
あとがき (click開閉)