夜明け前
眠りに就く前には何ひとつとして不思議に思うこともなかったことなのに、ふと夜半に目覚めると「どうして?」と思ってしまうことがある。
この腕の中にある温もりに。
この鼻が捉える優しい匂いに。
この愛しい寝顔に。
俺の腕の中で、安心し切って眠りを食むおまえの寝顔をじっと眺める。俺はその柔らかな肢体に腕を伸ばし己に寄り近くへとぎゅっと抱き寄せる。それは俺にとって当然の権利で、おまえにとっても素直に受け入れられるだろう行為。
夜、まどろむ以外の眠りがあることを俺は忘れていた。
夜、伏して眠ることなどありはしなかった。
夜、誰かとともに同じ夢を食むなど思いもよらなかった。
幼いころ、何ひとつ憂うことなく眠りについたあのころを思い出す。そして、怖くもなる。俺はこんなにも満たされていていいのだろうかと。
おまえはきっと満面の笑みでこう答えるだろう。
幸せになろうよ。
今日よりは明日、もっともっと幸せに。
二人で毎日笑って生きていこうよ。
私はね、あんたがいればそれだけで幸せなの、と。
腕の中にある温もりを抱きしめ、鼻が捉える優しい匂いに包まれ、愛しい寝顔に顔を埋めると、俺の頬に寝息がふわりと降りかかる。
おまえ、知らねえだろ。
どれほど俺が、今、幸せなのか。
俺はお前がいるだけで、この世に生まれてきて良かったと思ってるんだぞ。
この気持ち、おまえにもきっと分からねえ。
だからこそ、怖くもなる。
- Fin -
初出 2009.01.20
blog*日記「宵の口から…」初出
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