「時」を統べる神さえも
- Ikuからのメッセージ ←java script on/ click開閉
お気に召されましたら、「ぽちっ♥」と頂けると嬉しいです。
「かごめぇ!!」
視点すら定まらず、呆然と立ちすくむかごめを俺はぎゅっと抱きしめていた。
俺の衣の袖にすっぽりと収まってしまうほどに華奢なおまえ。とても小さいのに、確として存在する腕の中の温もりが、二度とするりと抜け出して消えてしまわぬように。
それは、どこかに存在する神への感謝ではない。
それは、どこかに存在する神への反逆だったのかもしれない。
「犬夜叉……」
「かごめ!」
俺たちはふたりして、互いに強く強く抱きしめ合った。
二度と離れることがないように。
時を統べる神とも呼べる存在さえも敵に回そうと。
「すまねえ。かごめ」
「犬夜叉」
一瞬の刹那。俺はかごめを求めていた。
一瞬の刹那。かごめは俺を求めてくれた。
ただただ、あの時、俺たちは互いを求め合った。
あれを「奇蹟」と呼ぶのだろうか。
俺はずいぶんといい気になっていた。
いつだったか口にしたことがある。「奈落との戦いが終わるまで…」なんて。
いつまでもずっと同じ日々が続くものだと思い込んでいたんだ。
俺とかごめの絆は決してなくなりはしないと、都合よく信じ込んでいた。
かごめが本来生きるべき場所は、“ここ”じゃない。
それは、かごめが生まれ、かごめが育ってきた“向こう”の世界。かごめの家族や友達、かごめの今日まで続く日々を慈しんできたのは、“ここ”じゃない“向こう”の世界。
分かっているようで、本当は何一つ分かってはいなかったんだ。
俺はいつだって、どこにいたって、かごめさえ生きていればそれでいいと、それだけが俺の願いだと自分を偽っていたのかもしれない。
そして、どこにいたって、かごめを感じられると思い込んでいた。
今が永遠に続くのだと甘えていたのかもしれない。
頭のどこかで、“時”が俺とかごめを隔てていると警告を発してはいなかっただろうか。
分かっていたのに、気付かないふりをしていなかっただろうか。
俺は、これっぽちも感じていなかったのかもしれない。
かごめが自分の傍らにいることがとても自然で、甘えていたのかもしれない。
かごめは俺のものだと。
俺はかごめのものなのだと。
気付いたら、こうしていた。
後になって振り返ればそうなのだろう。
「かごめ……」
俺はそれ以上何も言えない。お前から何もかも奪ってしまった。それでも、そうするしかなかったのだけれど。
「犬夜叉。私ね、気付いたら、こうしていたの。ただ、犬夜叉のそばにいたかった。あの時、他は何も考えなかった。……薄情なのかもしれないけど」
優しい声が頭の上から降りてくる。震えるような細い声は、かごめの声じゃないみたいだ。あの日、俺を置いて逝ってしまったあいつのように。
「かごめ。俺はおまえに何て言えばばいいんだ? 俺はおまえに何をしてやれる? どう謝れば…」
かごめの顔が見られない。
「何も要らない。ここに犬夜叉がいてくれるから。それでいい」
俺の肩に触れるおまえの手がぎゅっと俺にしがみついているのが、衣ごしでも感じられる。
「かごめ」
俺の腕の中で震えているおまえがいる。後悔していているのだろうか。
それでも、俺は、同じ目に会えばきっと同じことをしてしまう。
それほどに、俺はかごめを、俺の半身を求めていた。
あの刹那、二つに一つではなく、一つしかないはずの運命を無理やり変えてしまった俺とおまえ。この世のどこかに存在するのかもしれない神に背いてしまったのだろうか?
けれど、俺とかごめを巡り逢わせたのもおまえのなせる業だろう?
俺はもう引き返せない。
かごめのいない未来なんて。
たとえ、かごめが還りたいと泣いたって。
あの日、俺が再び目覚めたのは、かごめと廻り逢うため。
俺をこの世に呼び戻したのは、おまえの匂い、おまえという「光」。
俺が欲しいのはかごめ、おまえだけだ。
それが、罪だと言うならば、罰は俺が引き受ける。
腕の中の温もりを抱きしめる。かごめが誰かに奪われないように。するりと消えてしまわぬように。
俺は「時」を司る神さえ敵に回す。
「犬夜叉、泣いてるの?」
「……」
俺をこの世に呼び戻したのは、おまえの匂い、おまえという「光」。
あの日、俺が再び目覚めたのは、かごめ、おまえと廻り逢うため。
「かごめ、俺といてくれるか?」
「ずっと?」
「ああ、ずっとだ」
ひとひらの桜。
初めて出逢ったあの日も、花が舞っていた。
- fin -
初出 2007.04.19
れっかぽん様「君がここにいる」より