- *れっかぽん様からのコメント
漠然と頭に浮かんだ、犬夜叉とかごめの抱擁図……もとい縋り付き犬図(笑)
オエビをお借りして描き込んだ当初は二人の形だけが浮かんでいて、そこに具体的な背景は存在してませんでした。
二人の立っている位置や時間、そんな具体的な場面がくっきりと浮かび上がったのは、オエビのレスに添えていただいたIkuさんのSSを拝見した瞬間のことです。
犬夜叉はこんな思いでかごめちゃんに縋っていたのか……それならば、受け止めるかごめちゃんは、一体どんな気持で?
ふと湧いたそんな疑問が引き金になり、一気に書き上げたのが今作でした。
元のSSと対の形で、しかもシチュエーション自体は勝手に捏造の上台詞は元作者のモノを丸ごと引用と、邪道てんこ盛りの拙作。
お叱りを覚悟の上でこっそりと献上したところ、Ikuさんから公開の快諾を頂き、こうして日の目を見ることが出来ました。
最後に、この場をお借りしまして。
Ikuさん、本当にありがとうございました。
- *Ikuからのメッセージ ←java script on/ click開閉
自分を引きずり込もうとする力に、あらん限りの力で抵抗し続けた。
多分これは摂理に逆らう行為だ。 心の核が警告を放つ。
時の流れに逆らって、本来あってはならない世界に存在し続けた自分。
それが赦されたのはただ、自分でなければ為せない使命があったからで。
全てが終わった今、この時代に自分が存在する理由は無い――。
(判ってる……判ってた)
それでも、ここに居たいの。
どこかにきっと存在する、この世界を形作った存在に、逆らってでも。
他には何にもいらないから――。
気がつくと、崩れ埋まった井戸の脇に立ちつくしていた。
凄まじい疲労感を、他人事のように感じている。
只の疲労だけではない。 これまで呼吸をするように自然に身に付いていたはずの力が、根底から抜け落ちているのが判った。
もう自分は巫女ではない。 時を行き来する力も無くなってしまった。
酷い寒さに身が震える。 辺りの景色は穏やかな花霞だというのに。
寒くて怖くて、身が震える――。
「かごめぇ!!」
不意に耳を打った声。 次の瞬間、体中を温もりに包まれていた。
視界一杯に緋と銀が広がり、揺れて盛り上がって眦から流れた。
「犬夜叉……」
これは幻?
腕を持ち上げ、確かめるように背に回す。 広くて固くて暖かな、懐かしい感触。
「かごめ!」
応えるように抱き返してくる、彼の腕。 骨が軋む痛みに、これは現実なんだと漸く得心がいく。
後はただ、貪るように互いの温もりを求めあった――。
時を結ぶ井戸が、その力を失いつつあった。
奈落を滅し、四魂の因果を解き放ち、長い旅が漸く終焉を迎えた直後のことだった。
最初にそれに気づいたのは、誰だったのか。
永く井戸を見守ってきた老巫女か、あるいは法力に長けた法師か。
いや、やはり……時空の行き来を阻まれ始めた自分達の双方だろう。
目を背け続けた選択を目の当たりにし、自分の甘さを痛感した。
『ずっと一緒にいる』そう彼に告げた時、苦しみを抱えながらも未来はずっと続くと信じていた。
莫迦だ……私。
守れない約束で、彼を縛ってしまった。
自分を居場所だと信じてくれた彼を、また孤独に突き落としてしまうなんて――。
泣き続ける私を、犬夜叉が宥めてくれた。
お前が生きていてくれるならそれがどこでも構わないんだと、力強く抱きしめてくれて。
でも、身を包む腕の震えが、決して合わせようとしない目線が、言葉よりも雄弁に彼の気持ちを語ってくれる。
ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい。
どんなに繰り返しても足りない。
辛い思いを抱え込んだまま、とうとう迎えた最後の日――。
後一度の跳躍で、井戸の力は消えるだろう。
改めて告げられなくとも、体で理解できた力の衰え。
既にもう、犬夜叉は井戸をくぐれない。
井戸の縁に腰掛け、仲間達と順に手を取り合う。
そんな別れの輪から数歩離れ、懐手に腕を組んで独り立ちつくしていた彼。
頑なな横顔を、悲しく目で追う。
「……今までありがとう。 みんなも元気で」
別れを涙で終わらせたくはない。
しがみついて泣きじゃくる仔ぎつねの指をゆっくりと解きほぐしながら、笑顔で皆の顔を見回した。
瞬間――。
「……犬夜叉……っ」
真っ向から見つめ合った、その表情。
煌めく黄金色の双眸から溢れ出していた、万感の思い。
「い……いやっ」
気がついたら、立ち上がっていた。
周りの仲間達の呆然とした視線を感じながら、犬夜叉に向けて腕を伸ばす。
犬夜叉の唇が動いた。
小さく、かごめ、と呟くのを認めた、その時。
自分の中から未来の夢も家族の笑顔も、掻き消えた。
「戻らない……犬夜叉の傍に居たいのっ!」
時の摂理に背いた瞬間。
井戸の底から不穏な力が湧き出た。
それは、歪みを正す力か。
四肢を絡め取られ、引きずられる。 すかさず四方から伸びた幾つもの手が私の腕を掴み取るが、結界のようなものに弾かれて飛ばされた。
「珊瑚ちゃん、弥勒様、七宝ちゃん、楓お婆ちゃん……っ」
倒れ伏した友人達の無事を漸く確認するが、その間も体中を戒める力はますます強まってくる。
もう、息をするのも苦しい。
「かごめーっ!」
井戸の枠に必死にしがみつく私の目に、凄まじい形相で駆けつける犬夜叉の姿が映った。
力強い腕が、二の腕を掴む。
「ぐ……っ!」
結界の衝撃が、私の腕にも伝わってくる。 それに逆らうように、もう一方の腕が背に回ってきた。
「犬夜叉……犬夜叉っ!」
「く……かごめっ!」
体中が悲鳴をあげる。 関節が砕けてバラバラになるような痛み。
それでも二人、互いの手を離すことは出来なかった。
きつく閉じた瞼の裏に、懐かしい顔がぐるぐると回り続ける。
――ママ、草太、爺ちゃん。 家族、親戚、友達、先生。
過去に出会った人達。 これからの未来で出会うはずだった人達。
優しく手招きする幾つもの笑顔を、頑なに拒み続ける。
ごめんなさいと、繰り返しながら……。
そして――。
固く抱き合っていた腕が、どちらからともなく解けた。
漸く顔を見交わした安堵感に、小さく笑みが漏れる。
私の表情が映ったかのように、犬夜叉の口元も刹那緩んで――だが。
次の瞬間犬夜叉は琥珀色の瞳を切なげに揺らし、私の肩にもたれかるように顔を埋めてきた。
「かごめ……」
肩口でくぐもる声。 続いて、すまない、と、聞こえたような気がする。
後悔しているの?
私は、もう還れない――でも、それ選びとったのは、私、なんだよ。
「犬夜叉。 私ね」
ゆっくりと、音を繋ぐ。 お願い、今は震えないで――私の声。
「気付いたら、こうしていたの。ただ、犬夜叉のそばにいたかった」
ほんの僅か、背を包む腕が揺れるのを感じた。
「あの時、他は何も考えなかった。……薄情なのかもしれないけど」
小さくて、大きな嘘を吐く。
考え続けていた。 井戸の向こうで待つ人々の事を。
考えて、そして振り捨てたのだ――たった一つ大切なあんたを得るために。
「かごめ」
犬夜叉の声も震えている。
お願い、後悔なんかしないで。 私は今、幸せなんだから。
「俺はおまえに何て言えばばいいんだ? 俺はおまえに何をしてやれる? どう謝れば…」
「何も要らない。ここに犬夜叉がいてくれるから。それでいい」
本当に何も要らないの。
故郷と家族を。 それまで築いてきた絆を永遠に失って、ここに残ったのは只の無力な女の子でしかない。
もう、私には犬夜叉しかいない――犬夜叉がいてくれれば、それで良いの。
「かごめ……」
肩に感じた新しい熱に驚き、そっと目線を真横に流す。
滝のように流れる白銀の髪が、私の左肩を覆っていた。
その下から透ける緋色の衣が、微かな震えを私の体に伝えてくる。
「犬夜叉、泣いてるの?」
「……」
もしかして、聞いちゃいけなかった?
そうだよね。 出会ったときからあんたは、意地っ張りで強がりで、痛みをひた隠しにして、見せてくれない人だったから。
……でもね。
これからは、私にも分けてね。
嬉しいこと悲しいこと、辛いことや楽しいことも、全部。
そして、見せてね。
あんたの色んな顔を。
これから長い時間を掛けて、互いをもっと知り合おうよ……。
「かごめ、俺といてくれるか?」
「ずっと?」
「ああ、ずっとだ」
病めるときも健やかなるときも――。
頭の中に聞き慣れた――憧れていたフレーズが流れる。
そっと辺りを見渡すと、静かに歩み去ろうとしている仲間達の姿が伺えた。
顔中を涙にした七宝ちゃんを抱きかかえ、優しく頭を撫でる楓おばあちゃん。
振り返って目くばせをくれる弥勒様と珊瑚ちゃんに、満面の笑みを返す。
永遠に失った数多の絆を補って余りある、かけがえのない戦国の友人達。
私は独りじゃない――そして、この世にたった二人きりでも無かった。
どこかに存在する、時を司る誰かへ、願いを送る。
私の存在を、『罪』だと断じないでください。
私はただ、幸せになりたいだけです。
ここで、ささやかな幸せを積み上げていきたいだけ。
ほんの刹那の綻びです。
枝から離れた花弁が地に落ちて土に還るまでの、たったそれだけの時間を。
どうか――どうか、見逃してください。
- 了 -