多くの人が生き死にして来たであろう。
まだ、国も育たぬ荒れ果てた何も無き世で、繰り返される殺戮と混沌とした
生死に柵(しがらみ)を持つ乱世
其処に一人の少女が現代から降り立ち愛を育んでいた
其れは時に過酷であり
時に幸せな・・・そんな時代のお話である。
妖怪や魑魅魍魎が蔓延るこの世で
奈落と呼ばれる男と四魂の玉の戦いが幕を下ろした
その戦いの中心で統べた巫女かごめ
そして戦いの先陣を切り、身を挺した半妖犬夜叉
ひっそりと送られるはずの時間は、時に激流を生む
「そこの巫子よ、そなたは美しい。わしの元に上がれ」
突然の声に、驚いたように黒髪を掻き揚げながら、上体を振り向かせると
そこに立つ男が数人、そしてその中心に居る男が巫女姿のかごめに声を掛けてきたのであろう
その男をジッと見つめると、ニッコリと微笑んだ
「申し訳ありません。私はこの村の巫子をさせていただいておりますので、
あなた様のお気持ちには添えません。お許しくださいませ」
丁寧な断り文句に目を見開く男達・・・・
この男の地位を知らぬのかと、鼻で笑う男まで居た
だが・・・・・
「何を申す。巫子など他の者と代わればよいではないか。
わしはこのあたり一帯の庄を治める者ぞ。わしの命に従えぬのか?」
その言葉に、折角繕っていた顔が一瞬にして微笑みを失った
この時代、いや、これから先も何百年と続くであろう統治
治める者の権力がいかほどか・・・・
かごめは深く息を吐き出すと、男をジッと見つめた
「・・・・」
「どうじゃ!」
黙り込んだかごめに、煮えを切らした男が答えを求めて一歩前へと歩み寄り
声を発すると、かごめが周りを見回す
犬夜叉に常に言われている事
人でも妖怪でも、対峙する時は必ず
逃げる道を確保する事
そして・・・・・
『おれを呼べ』だった
逃げ道を見届け、かごめは息を吸い上げると、手に持った籠をぎゅっと握り締め声を発した
「それでは、正直に申し上げますが、私は夫ある身。
たとえ、この村の巫子を止めようとあなた様の意には添えません。申し訳ありません」
その言葉に目を見開いた男が更にかごめに詰め寄る。
「なに? 夫だと? そんな輩、わしが蹴散らしてやる。わしの方が強いぞ」
フンと鼻息を荒くする男を前にかごめは、フッと微笑を堪えた
(あんたの強いは人任せじゃない、権力なんか振りかざしてばっかみたい)
心で思うも、口に出さない辺りは、犬夜叉につまらぬ争いに巻き込まれるなと
強く言いつけられているお陰なのか、
はたまた、かごめ自身の大人になった心の成長なのかは
解らないが、黙り込んだ先から、薄く頬を赤らめると
艶のある唇が開き、言葉を綴った
「夫を愛しております。お引き取り下さいませ」
精一杯小さく、それでも強くこの男に伝わるように言葉を掛けて見るが
「ならぬ!」
と・・・まぁ、此方も頑固にかごめを欲していた
いい加減この押し問答は、一人では終わらせられないだろうと思い、
かごめは、苦笑いを向けながら男の後ろを見やった
「ふっ・・・、仕方がないわねえ。犬夜叉、ちょっと来てぇ。困ったことが起きたの」
「おぬし、大きな声を上げおって、それでこの場がどうにかなると思っておるのか」
かごめの大声に、逃げる策かと嘲笑う男にニッコリと今度は特上の微笑を向けると
形の良い唇が、フッと緩み美しい声が、響いた
「はい。私の愛する夫は、私が困っていればどこに居たってすっ飛んで来てくれますから」
その言葉に男はギロリと睨みつけ、辺りを見回した時だった
ザアアァ・・・
木立が揺れ惑う中、緋色の衣を纏った銀髪の少年がその茂みから現れると
男達を一瞥するだけで通り過ぎると、スッとかごめの前へと身体を被せた
「かごめ、どうしたんだ?」
状況を見たら、ある程度は察しが付くが、あえてかごめに問う。
その姿に息を飲んだのは男達の方だった
銀髪に備わった耳、人離れした琥珀色の瞳
「なに?」
かごめの声を待つと、そっと袖にかごめの手が伸び、水干の裾を握りながらかごめが伝えた
「犬夜叉。この人がね、私のこと、勝手に奥さんにするって言うのよ。
あ、もしかすると、奥さんじゃなくって妾になれかもしれないか。それで、邪魔なあんたを蹴散らすんだって」
思っていた事は、少なからず外れではなかった様で、その感の良さに自分で自分に溜息を落とすと
「はあ? この馬鹿、何言ってやがんだ」
男達をギロリと睨みつけると、男が一歩下がった
「お、お、おまえ・・・」
更に、足を数歩下げると家来達が立っている場所まで戻り、背にぶつかった
家来達は、その衝動でハッと意識を戻し男を守る為に刀に手を宛がったが
刃を向ければ切り裂かれるかもしれない恐怖が先立ち、手をフルフルと震わせるばかりだった
「てめえ・・・、かごめはおれの妻だ。おれの女に手を出そうなんてやつは、許さねえぞ」
何時もは、妻と言う言葉など滅多に使わない男も、流石にこの場では
当たり前のように出てくるのが嬉しくて、かごめがそっと犬夜叉の袖を指で絡めとっていた
男は魚のように口をパクパクとさせた後に指先を犬夜叉へと向かわせ、疑問符を投げ掛ける
「その姿は・・・。おまえ、妖怪なのか!」
もう、その問い掛けは十分すぎるほど予測できる。
今迄も、これからも、かごめと共に生きるには必ず付き纏う言葉なのだ
「悪いかよ、おれは半妖だ」
すんなりと返答する犬夜叉に、目を丸く見開くとかごめを見やった男が声を掛けた
「巫子よ、おぬし、こやつに惑わされたのか?」
その言葉に、かごめが息巻いて言葉を掛ける
「ちょっと、お殿様! 私の夫をそんな風に言わないで。
妖怪だとか、半妖だとか、人間だとかは私達には全然関係ないわ」
「かごめ・・・・」
怒った様子のかごめに胸を熱くさせられ抱き締めたい衝動が襲い掛かって来るほどの
愛しさを胸に感じさせていた
「巫子よ・・・」
かごめを欲する気持ちが更に強くなったのは男とて同じ
こんな不可思議な考えをする奇特な女は側に置いてみたい・・・そう、一瞬にして考えが過ぎった
だが・・・・
「いい加減にしねえと、てめえ、ぶっ殺すぞ!」
「犬夜叉、ストップ。それは言い過ぎ」
いい加減諦めろと言いたい犬夜叉を静止し、かごめの言葉が犬夜叉の言動を止めると
罰が悪いように頭をぽりぽりと掻く
そんな犬夜叉に一瞬微笑を向け、向き直った時には、引き締まった顔が男に向けられた
「犬夜叉を悪く言わないで! 私は別にこの人に惑わされたわけじゃないわ。
私はこの人を、犬夜叉を、誰よりも愛してるだけよ」
その言葉に満たされ、犬夜叉の一瞬だけ沸き上がった苛立ちさえ
嘘のように消え去ると
「とっとと去りやがれ」
と、言葉を掛けると、かごめの肩を抱き、男達に背を向けた
「・・・」
ちらりと視線だけで男を見やると
ただ無言で立ち尽くしているだけ
犬夜叉は、かごめの身体を引き寄せ方を抱き足を進めた
「けっ!」
根性の無い男だと、呟こうとした瞬間だった
「まあ、あのお殿様ったら根性ないわねえ」
ぺろりと舌を見せるかごめに
「かごめ!」
と、一言制してみても
やはりかごめには敵わないと、そう思える一日のひとコマだった
ありきたりでも良い
互いを想い会い慈しみ合って生きて行ければ
おれは。こいつを何時までも守り通す・・・・
そう心で呟いた
- 了 -
脱稿 2010.3.19 / 初出 2010.4.1 「なつめっぐ」様 (コラボ)
吐夢様「巫子 かごめ様」に付けさせていただいたIkuの台詞妄想ミニSSより
吐夢様より♪
2010.3.19====UP:2010.4.1
Ikuサンのおうちで絵を書かせて頂いた折に書いて貰った台詞より
背景を乗せてみましたv
Ikuさん、素敵なお話をありがとう御座いますv
サイトコメントより
Ikuより♪
こちらのお話は、以前「なつめっぐ」の吐夢さんが、我が家のオエビに描いて下さったイラスト(「巫子 かごめ様」)に対し、私が付けさせていただいた台詞妄想ミニSSをベースに、一本のお話として仕上げて下さったものなのですが、なんともスピーディーで素敵な作品に生まれ変わったことでしょう。
吐夢さんの犬夜叉は、危機管理能力がとても高く、骨太な大人の男で、さらに颯爽としていてかっこいい! です。
>『おれを呼べ』
と。かごめに約束させる下りの犬夜叉はいろいろな意味で用意周到で、本当に抜け目がない。この抜かりのなさがあったればこそ、今よりも遥か昔の幼い頃、孤独で殺閥とした日々の中にあっても、半妖でありながら生を永らえてきたのかもしれないと、原作のほとんど何もといっても良いほど描かれていない日々を連想させてくれます。
最後に、とっとと背を向けて立ち去ろうとする犬夜叉が、余裕綽綽(しゃくしゃく)で堪りません。
ご馳走様!
そして、吐夢さんの簡潔で無駄のないお話の構成に、ただひたすらに頭を垂れるのでした。
加えて、吐夢さんが新たに挿入された犬夜叉のかごめをがっつりと守る姿に、ご飯三杯はいけますね♪
吐夢さん、素敵な作品をありがとうございました。
※こちらの作品は、吐夢様の原文より、一部折り返し表示が変更してあります。