〜イラスト『お筆つかって』 イメージSS『筆下ろし』〜  









こちらのぺーじの作品は、微妙に”下品な”邪笑を誘います。



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  『 筆下ろし 』



「おまえ、男たる者、いざという時には、迷いなく一気に臨むものですよ」




―――時は満たれり。

   経験豊富な年長者から、初めて臨む者へと、
   その極意というものが、今、厳かに伝授される。









世の中の全てを見知っているかのような静けさを身にまとい、その一方で、意志の強い光を瞳に宿した青年に、教えを請いたいと願い出たのは、まだまだ経験の浅い一人の少年。
青年は、右の手に穿たれた呪いと長く長く向き合ってきたゆえか、まだ年若いものの、老成した風格を持っていた。 いざ、何かことを成そうと思った時、助言を求められたり、教えを請われたりするのは、誰からも尊敬を集めるかの老巫女か、もしくはその名を仏から頂いたこの青年、法師の弥勒であった。
こたびの少年は、老巫女よりもこの法師に教えを請おうと願い出たのである。
何ゆえと問われれば、男としての自尊心といったところか。まだまだ幼い言動をするおのれを、「男」として扱ってくれる。そんなところが、少年にとって妙に心地良い。


「もう一度尋ねる。おまえ、本当に習得したいと言うのだな?」
青年は、教えを請う少年の申し出に、静かにもう一度確認の問い掛けをする。
答えは『応』。
言葉ではなく、少年は頭(こうべ)を垂れることで、その決意を伝える。
ごくりと飲み込む唾が耳に響く。
「宜しい。おまえの決意はよく分かりました」
晴れて師と弟子の立場になったのだと、少年は緊張した面持ちで師を真直ぐに見据える。
かすかに上気した頬が、見据える金の瞳が、その覚悟をよく表わしていた。






「それでは、教えて進ぜよう」
墨染めをまとった法師は、手にする杓杖をしゃらりと鳴らし、静かに語り始める。
傍らの少年は、ふたたび頭(こうべ)を垂れることで、極意の伝授に感謝の意を伝える。












張り詰めた空気の中で、最初の口伝が伝えられる。

「ことを始めようとするに当たって、先ずは何よりも大切なのが”決意”です。
実際のところ、何事も決意に始まって、決意に終るといっても過言ではありません。 こたびのように、初めてことに臨むと決めた際は、何より途中で迷ってはいけません。 決めたからには最後までやり通すという、その強い決意こそが大切なのです」

極意の中でも、まさに真髄といったものが伝授される。








「さて、初めて道具を扱うとなれば、道具そのものもが真新しいのでそのまま使うには馴染みがない。そこで先ず最初に道具の準備というか、道具を下ろすための手入れが必要となります。この場合、手入れとして道具を手指でよく揉んでしごいて、馴染ませねばなりません。この手入れの仕方は、毎回臨むに当たって必要となる大切なことですから、しっかりと心に留めておきなさい」
法師の語る口伝を聞き漏らさぬようじっと耳を傾ける少年は、声一つ出さず、法師の言葉が紡がれるたびに、胸に反芻するがの如く、うなづいている。

少年の真摯さに、法師は優しい笑みを浮かべて次の言葉を継ぐ。
「実際の方法ですが、まずは利き手ではない方の手で、根本をしっかり押さえるのです。これが要(かなめ)となります。根本をきっちりと押さえぬままでは、良い仕事はできません。
そして、利き手の人差し指の腹と親指の腹を使って、根元の方から、優しく優しく撫でるようにしごくのです。おまえの場合、爪が人よりもはるかに鋭い。ひっかけて傷を付けぬように細心の注意を払ってやりなさい。 特に穂先は丁寧に扱わねばなりません。指先で優しくつまんでまとめ上げるように、最後はしゅるりと抜くような感じが良いですね。何といっても穂先の命は滑らかさとまとまりの良さですから。良い道具と悪い道具では、結果に雲泥の差が出るのですよ」
「へえーっ。それから?」
これが、口伝を願い出てからの少年の二言(ふたこと)目であった。

「そうですね。次に、穂先に続く部分は、何よりも程好い弾力というか、固さが大切です。
腰砕けでは全く使いものになりません。別の言い方をすると、表向きは柔らかく滑らかに、芯にはしっかりと腰が残るぐらいの弾力が最適です。これぐらいの固さが、一番すんなりと扱えるのです。 おまえにも分かる言い方をすれば、へにゃりと腰がないような状態では駄目だということです。もっとも最初に言ったように固いばかりでもいけません。 それでは馴染まないですからね。ですから、この具合がとても大切です。難しいですか?」
「それって、けっこう難しい気がする」
素直に返す返答に、その生真面目さが良く見て取れる。

「まあね、実際にはその加減は慣れですよ。 段々に上手くなりますから、最初は上手く行かなくても当たり前くらいで臨みなさい。
穂先まで念入りにしごいて道具の下準備ができたところで次の手順に移ります。そう、今度は穂先から半分ほどを斑(むら)なく濡らすのです。ゆっくりと、隈なく」
「へえっ」
「そうです。根本まで全部を濡らす必要はありませんが、充分に浸して湿らせていないと、下ろした途端、早々に軋(きし)んでしまって後が続かなくなるのです。そうなったら、抜きも指しも難しいのですが、かといって、雫が垂れるほどびっしょり濡れているのもいただけません。穂先を少し擦(こす)りつけるようにしごいて、垂れるほどの雫は先にぬぐっておいた方が良いですね。頃合いというのが極意なのですが、まあ、そんなに最初は気に病まなくても宜しいですよ。初めてなんですからね。徐々に上手くなっていけばよいのですよ。初めから何でも完璧にできるなんて事はありません。ただ、心がけだけはいつも忘れぬようになさい」
少年は、具体的な各論に入った法師の伝授に耳をそばだて、更なる尊敬の眼差しを送る。

「そして、いざこれからという時は、息を止める。これが何よりも大切なことです。ある意味、これが実践に当たってのただ一つの極意とも言えるでしょう」
少年の視線は、もはや法師の目から離せないでいる。

「おやおや、何もそこまで緊張しないでもいいですよ。口で言うほど、難しいものでもありませんからね」
法師はにっこりと微笑んで、少年の緊張を解いてやる。
「う、う、うん」

「では、続きに戻ります。ここだという場所をよく目で見て確認して、そこに静かに穂先をあてがって、まず一呼吸置くのです。場所を外してはいけません」
ごくりと少年の喉が鳴る。緊張がみなぎる。
「そして穂先を終わりのところまで真直ぐに思い切りよく、一気に滑らせるのです。一気ですよ。ためらってはいけません。穂先は充分に含ませてありますから途中で多少軋(きし)むようなことがあっても、気にせず終わりまで、一気に一刺しで行きなさい。ここまでできれば、その後のことは自然についてきます。
何よりも始まりを、そう始筆をどこに置くかが大切なのです。迷いがあっては良い仕事はできません」
法師の言葉に、少年はこくりと頷く。



「目指すところまで筆を進めたならば、ここで一旦動かすことをぐっと止めて一呼吸を置きなさい。ここまでは最初に言ったように、息を止めたままがよいですね。それから、ゆっくりと深呼吸をして息を整えてから穂先を返します。後は心の赴くままにゆったりと動かしてみなさい。縦に横に緩急を付けて、時には強弱を付けてみたり、ひねりを加えたり、反らしてみたり、こすりつけるようにしてみるのも一興、踊るが如く軽やかに。自分の想いを穂先に託してのびやかに。その時の気分は実に気持ち良いものですよ。最初はそれで充分です」
「そうすれば、上手くいくの?」
「そうですね。どちらかといえば上手い下手は経験です。一生懸命に励めば、経験を重ねることによってちゃんと上達します。初めての時は、下手な小細工はするものではありません。何よりも厳かに、丁寧にという心がけと、乱暴に道具を扱わないということですな」
「へえーっ」
経験のまだない少年は、にっこりと微笑む経験豊富な年長の法師に最上級の尊敬の眼差しを向ける。



「いかがです。少しは分かりました?」
「多分。・・・・・・本当のところはやってみないと分からないけど」
「それで充分です。何よりも心を込めることが大切なんですからね」
素直な教え子に、師としての至福の微笑で応える。


「さすがは弥勒のおじちゃん。物知りだね」
「おまえ、おじちゃんって・・・・・・」
「だって、弥勒のおじちゃんは、どこから見ても”おじちゃん”じゃない。でも、おじさんの方が良かった?
七宝の兄(あん)ちゃんなら兄(あん)ちゃんて言えるけど、おじちゃんてば、僕の父さんやかあ様よりも、ずっと年取ってるじゃない」
「・・・・・・」
「それに、父さんが、分からないことがあったら、弥勒の野郎じゃなかった、弥勒のおじちゃんに聞けって言うの。”年食った坊主”は何でも知ってるからって」
所々、父親の受け売りで品が悪い言葉が混ざるものの、にっこりと無邪気に微笑んで語る幼子の姿は愛らしい。
そして、少年の歳(とし)を思えば、そう呼ばれても不思議はないのも事実である。



――あんの野郎。 実際の年はおまえの方が遥かに上だろうが!




「おまえ、今私から学んだことを、父上にそっくりそのまま語ってやりなさい。おまえの父上が私に聞けと言ったからには、何を学んだかも父上にちゃんと報告すべきだと思います。そして、何よりも自分の言葉で誰かに説明をするということは、習ったことをきちんと身につけるための良い勉強となりますから」
師である法師は、にこやかな笑顔で可愛い弟子に一つの提案をする。
「うん。おじちゃんの言うとおりにするにね」
「ただし、何の勉強だとは言わないように。学んだことだけを聞いてもらいなさい」
法師の瞳に悪戯な光が宿る。
「どうして?」
小さな少年は、小首をかしげて問い掛ける。
「おまえの父上には当然経験があるからですよ。何を学ぼうとしていたかということを事前に聞いて知っていれば、おまえの説明に拙いところがあっても、自分の知っている知識を補って聞いてしまいます。それでは、本当におまえが上手く説明できたどうかが分からなくなりますからね。がんばって説明してごらんなさい」
「はーい」
屈託のない素直な弟子の返答に法師は目を細める。
「そして、ついでにおまえの父上の”初めての時”はどうだったかと聞いてごらんなさい。『父さんの初めては、どうだったの?』とか付け加えてね」
「なんで?」
「おまえの父上の”初めて”も、おまえの参考になるかもしれませんからね」
「はーい」
「おまえは本当に素直ですね」
弥勒は小さな愛弟子を、微笑みとともにその父の下へと送り出してやる。

「弥勒!おまえ、ガキに何を教えやがったんだ!」
顔を真っ赤に染めて飛ぶように駆けて来たのは、先ほどの可愛い弟子の父。

「何をって、あの子が尋ねてきたことに誠意を持って答えてやりましたよ。おまえ、私に何でも聞いて来いとあの子に言ったそうじゃないですか。その信頼に応えようと、真面目にね」
爽やかに吹き抜けていくそよ風に束ねた後ろ髪を躍らせて、にっこりと笑みを浮かべて少年の師は答える。
「そして、おまえに何を習ったか復習がてらに報告してごらんと。おまえが私に聞けと言ったからにはそれも当然でしょう。参考までに、おまえの”お初”の時はどうだったかも聞いてごらんとは言いましたけど、おまえ、ちゃんとあの子に答えてやったんですか? あの子は本当に素直で真面目で良い子ですね。そんなところはやはり母上に似ておいでだ。実に可愛いものです」
法師は何事もないかのように言葉を継ぐ。

「おまえ、ガキに何教えたか、分かってるのか!」
少年の父は、法師の言葉に興奮してというより、激昂する。

「分かってるのかって、おまえこそ何を興奮してるんですか! そろそろあの子も興味を持つ年頃じゃないですか。まあ、他の子より少しだけ興味を持つのが早いですかね。あの子はおまえの子とは思えぬほど利発で素直です。それにしても本当に子の成長とは早いものですね。私も”おじちゃん”と言われても仕方がないと思えてきましたよ」
どこまでが故意なのか、どこからが本音なのか分からぬ言動が続く。”おじちゃん”とわざわざ言う辺りに何らかの含みを込めているらしい。

「おい、ガキには教えていいことと、悪いことがあるだろうが! おまえ、俺の聞いてることをはぐらかすつもりか?」
根が正直で、裏表のない短気者の気質が爆発する。

「おまえ、何を怒っているんですか。相変わらず気が短いですね。私があの子に伝授したのは『筆の下ろし方』ですよ。何がいけないんですか? あの子の年頃なら知りたいと思うものですよ」
真っ直ぐに子の父を見据えて、法師は言い放つ。

「お、お、おまえ・・・・・・あいつは、あいつは、あいつはまだ小せえんだぞ!」
少年の父は、絶叫する。

「おまえ、何考えてるんですか! あの子もそろそろ手習いを始める時期でしょうが」
「・・・・・・えっ?」
「たしか今年五つになりましたかな? 少し早いかとは思いますが、自分から言い出しのですよ。意志を尊重して始めさせると、上達も早いですからね。おまえもそう思いませんか? そういうおまえだって、おまえの母上殿より小さい頃に習ったんでしょう?」
法師は、何事も無かったように淡々と少年の父に語る。
「えっ? ・・・・・・」
少年の父の目は、鳩のように真ん丸に見開かれることとなった。










「それにしても、おまえ。ずいぶんと下世話になりましたね。何処の世にあんな子供にあちらの”筆下ろし”の仕方を教える馬鹿がおりますか! 想像するおまえが阿呆です。この助平犬が!」

「・・・・・・」
真ん丸な目をして固まったまま動けずにいる少年の父、犬夜叉のこめかみからは、つつっと冷や汗が流れ落ちていった。

ー 了 ー

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(初書き2006.03 .09/改訂2006.04.29)
>落ち着いた後にでも、おにゅーお筆で遊んでやってください。 by〇麿(様)
できる限り、”意を汲んで”遊んでみました。(笑)
それにしても、品がないぞ〜〜♪
いかに、怪しく書けるかの挑戦と言ったら、石投げられますか?
す、す、すみませ〜〜ん。m(__)m
しかし、このお話には真っさらなお筆を手渡す子犬君のシーンがどこにもない。(@@)
あるのは、「お筆」をめぐる怪しい会話だけ・・・。
これは、イメージSSと言ってはいけないですね。_| ̄|〇
かわゆいかわゆい子犬君に申し訳ない代物成り果ててます。すみませ〜〜ん><

筆下ろし:
(1)新しい筆をはじめて使うこと。(2)はじめて物事をすること。(3)男が童 貞を破ること。

実際の「筆」に関するウンチクは、『兵庫県重要無形文化財有馬筆』様にて  ttp://www.minase.co.jp/arimafude/main.htm(念のため、冒頭のh省略)
リンクを常設するにはメールでの報告必須ゆえ、とてもここからは張れないです。(苦笑)
「有馬筆」で検索をしてみてください。「製造工程」を覗くと何やら楽しいです。(≧∇≦)

そうそう、皆様どこまで誤解して下さいました?
(1)弟子は誰か? (2)口伝の内容 (3)ちび犬の年齢・・・。
ちなみに手習い(お稽古事)は、数え年の6歳の6月6日に始めると良いと昔から言われております。
イラスト「お筆つかって」より





【Iku-Text】

* Thanks dog friends ! *

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