〜 イラスト『紫陽花と犬夜叉〜花蔭〜』〜イメージSS『想い出の青い花』〜
『 想い出の青い花 』 「どこまで、行っちゃったんだろう」 小屋の戸口の簾を上げて、かごめは梅雨の晴れ間の少しくすんだ空を見上げる。 今の季節の長雨は、木にも草にも田畑にも、いや植物に限らず生き物全てが生きていくために必要だとは分っている。それはいつの時代でも変わらない。けれど、川が溢れたり崖が崩れたりと、悲しいできごとも引き起こす。 怪我などしていないとは信じている。 けれど、自分の目で無事を確認するまでは、やはり落ち着かない。 「大丈夫だよね」 かごめは、「心配するな」と言い置いて出かけて行った、誰よりも信頼する犬夜叉の笑顔を思い出す。 こんもりと繁った若く柔らかな早緑(さみどり)の上に咲き誇るのは、今の季節の青い花。 たまごを思わす楕円形をした葉の先には無数の水滴が付いていた。昨夜まで降り続いた雨か、朝露かは分からない。指先で葉に触れると、ころころと零れ落ちる水滴が朝日を受けてきらきらと輝く。 「綺麗だ」 思わず感嘆の言葉と笑顔がこぼれる。 朝、目が覚めると早々にここにやってきた。 大好きな人に両手いっぱいの花を贈りたいと。 指先の長い爪でぱきりと花を手(た)折る。 一輪、二輪、三輪。手折った先から空いたもう片方の腕に抱きかかえる。 ぱきり、ぱきり。 一体どれほどの花を手折ったのだろう。 「これくらいでいいかな」 好きな人に花を贈る。 大好きな人の笑顔を思う。 ただそれだけで、自分自身も幸せな気分になる。 ――がさっ、がさがさっ。 物音にびっくりして振り返ると、目の前は一瞬にして鮮やかな緋色に覆い尽くされていた。 「こらっ!」 短く叱責の声が発せられた。 「・・・・・・」 目を見開いたまま身動き一つできなかったのは、まだ幼い少年。 「朝っぱらから黙っていなくなりやがって。探しちまったぞ」 群れ咲く花の向こうには、半ば怒り、半ば苦笑する、緋色の衣をまとった青年――犬夜叉がいた。 「ごめんなさい、父さん」 答えたのは、犬夜叉とよく似た目鼻立ちをした少年。 「まあ、おまえが怪我なんてしてるとは思ってなかったけどな。かごめが心配してるぞ」 少年の無事を確認して、犬夜叉の瞳には優しい笑みが浮かぶ。 「うん。大丈夫だよ」 少年はにっこりと微笑む。 「ところでおまえ、紫陽花なんか抱かえてどうしたんだ?」 「母様にあげるの。母様、好きなんでしょ。このお花が」 「・・・・・・みたいだな」 少しの間をおいて、犬夜叉は答える。 「ねえ、父さん。母様はどうしてこのお花が好きなの? 確かに綺麗だけど、他にもいい匂いのお花だとかいろいろあるじゃない」 少年は素直に疑問を口にする。 「おまえさ、もしかしてこの間の晩の話を聞いてたのか?」 それは、一度だけ語られた少年は知らぬはずの夜語り。 「うん。半分寝かかってたから、ぼんやりとだけど」 決して、少年は不躾にも聞き耳を立てて、内緒話に耳をそばだてていたわけではない。ただ、眠りに落ちる少し前の偶然とも呼べる邂逅と、父親譲りの人並み外れた聴力が、寝しなに鮮明な音を拾ったに過ぎないということだ。そう、大好きな母が贈られて喜ぶものがあるという嬉しい発見に、素直に心を躍らせたまでのことであった。 だから、「こっそり」だとは父親である犬夜叉も口にはしない。己にも記憶にある些細な日常の一こまだと分るから。 ことの始まりは、数日前の五月雨の朔の夜。 囲炉裏の火を前に、犬夜叉はかたわらで針を持つかごめに声をかけた。 「かごめ。おまえ、今欲しいものってあるか?」 「珍しいじゃない。あんたがそんなこと言うなんて、どういう風の吹き回しかしら」 「別にいいじゃねえか」 自分から言い出しておいて、犬夜叉は気恥ずかしさからぷいと顔をそむける。 朴念仁を地で行く犬夜叉の申し出に思わずくすりと笑いたくなる。 かごめの生まれ育った時代と較べて、手に入るものは遥かに限られる。溢れるほどのモノに囲まれたかつての日々から何もない今の日々。鈍いようでいて、犬夜叉にもそれくらいは良く分る。 そして、犬夜叉はかごめを時折こうして気遣った。 「言っとくけどな、おまえが欲しいものだぞ」 かごめが欲しがるものは、いつだって高価なものではない。 山の斜面に自生する薬草だとか、壊れた堤の修復の手助けだとか、他の者にとってはいくらか難しいことでも、犬夜叉にとっては造作もないことばかり。そして、自分のためにという願いもめったにはない。唯一の贅沢と呼べるものは、あちらの世界では日々の日常だった今は時折の風呂。それくらいである。 「私が欲しいものね。・・・・・・そうね、今の季節なら紫陽花かな。それも青い紫陽花。そろそろ咲いてるかな」 そう言うと、かごめはにっこりと嬉しそうに笑う。 「あれか」 「そ、あの紫陽花。あんた、分ってて聞いたんじゃない?」 「へん」 思わず、そっぽを向く犬夜叉。 「雨が上がったら、お願いね」 「ああ」 静かに時が流れる。 囲炉裏で、薪が爆ぜ火の子躍る。犬夜叉の顔には朱が混じっていたのかもしれない。 ――ちょきっ、ぱさっ、かたん。 今はもう、時折ぱちりと火の子が舞う音の他には、止む時を知らない密やかな雨音だけが聞こえてくる。犬夜叉は床に置かれたかごめの白い手に一回り大きな自分の手を重ねる。あの日を思い出して、二つの影が重なる。 紫陽花―――それは、ふたりの大切な想い出の花。 「ねえ、父さん。さっきから顔が赤くない?」 「・・・・・・はあっ?」 妄想の世界の住人を見上げるのはつぶらな瞳。 ふと我に帰ると、その目にじっと覗き込まれていたことに気付く。 焼きが回ったというのだろうか。肩肘張った生き方は、もう必要がなくなったというのだろか。 今も、いざとなればどこまでも気が満ちる。 それでも、こんなのんびりとした日々が日常となって久しい。 「おまえ、・・・どこまで聞いてたんだ?」 「うんとね。父さんが母様のお口に”ちゅう”ってするとこまで」 「・・・・・・」 「いつもと同じだなって思ったら、寝ちゃったみたい。そっからは、父さんも母様もいつだってお名前を呼び合ってるばかりじゃない。もうお名前以外は何言ってるかはよく分んないから、自然と眠くなっちゃう」 少年は満面の笑みで屈託なく答える。 「・・・・・・」 「ねえ、父さん。母様はなんでこのお花が好きなの?」 幼い子どもは好奇心の塊という。 その一方で、親として”ちゅう”の後への好奇心が未だないことに心から安堵する。 「あとで、直接母さんにでも聞いてくれ。とっとと帰るぞ」 背に、一抱かえの花を抱えた少年を背負って、犬夜叉は大地を蹴る。 「分った。僕、母様に聞いてみるね。このお花と一緒に」 「ああ、きっと喜ぶさ」 と答える犬夜叉が胸に誓うは、愛妻への口止めと己(おの)が警戒心の向上と身の自制。 久方ぶりに覗く煌めく太陽を背にして、犬夜叉は瑞々しい空を駆け抜ける。 少年にとって、それは力強く、凛々しい、果てしない憧れ。 いつか、自分もそんな風に空を駆けたいと願う夢の具現。 油断も隙もあったものではない。 今の犬夜叉にとっての敵は妖怪でも野盗でもない。 日常に潜む最大の危険――それは血を分けた己(おの)が息子の好奇心。 そして、犬夜叉の朔の夜のなけなしの勇気は、こうして徒労に終わった。 ー FIN ー **************************************************************************** (初書き2006.06.28/改訂2006.06.30) 杜さん、皆様、すみません。m(__)m 『子どもって恐い』って話のシリーズ化でしょうか?(笑) 犬君譲りのちび犬君の人間離れした聴力も、嗅覚以上に侮れません。 調べてみると犬は低い音は人間よりも苦手らしいのですけどね。 人の会話はちゃんと犬の可聴域(65ヘルツ以上)だから、小声だってバッチリだろう・・・。( ̄∇ ̄) ましてや・・・以下省略。(げほげほげほ) 甘いお話より、こんな可愛らしい日常(?)話が好きなんです。 ちび犬君は何でも知っている・・・・・・んでしょうか? 知ってても、意味が分かっていないだけと思いますが。 早熟な時代ゆえ、犬かご夫婦の夜の実態は、お子に早々にばれそうです。 犬君って、妙にとっぽいしな。(≧∇≦)/蛮蛮 それにしても、どうにも時制に関して反省文が必要な気がします。_| ̄|〇 イラスト「紫陽花と犬夜叉〜花蔭〜」より |
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