〜イラスト『密談』 イメージSS『思い込み』〜  







  『 思い込み 』




「犬夜叉。何でもかごめ様の国では如月の幾望(きぼう)の日に、女子(おなご)が男に求愛の贈り物をする慣わしがあるらしいのです。おまえは存じておりますか?」
「はあっ?」
「何でもその儀式で贈り物を貰った男がその女子を受け入れる気持ちがあったならば、一月後の弥生の同じ幾望(きぼう)の日に、女子へのお返しの贈り物と共に、その想いを受ける旨を告げるのだそうですよ」
「受けるって、どういうことだ」
「そりゃあ想いを受けるとなればお互いの愛とか、その後の行く末を誓うんでしょうね。
結納のようなものではないのですかな。いや、三日夜餅みたいなものかもしれないですな。
私にも、実際のところは見当もつかないのですが」
「・・・・・・そんな儀式があるのか。かごめの国には・・・」


「そのようですね。かごめ様が国にお帰りになられる前夜、珊瑚とそんな話をしてい
たのを聞くともなしに聞いておりました」
「おまえ、貰ったらどうします?」
「・・・・・・」
「答えられませんか。かごめ様と桔梗様との間でふらふらするおまえらしいですな。
それでは、かごめ様が向こうの国の誰かにその贈り物を差し上げたら、いや、その贈り物が誰かに奪われたら、・・・」

どこまでが本気で説明しているのか、どこら辺りが冗談なのか、はたまた、どこからが焚き付けの台詞なのか―――。
弥勒が話を最後まで言い終わる前に、犬夜叉は無言で駆け出す。
脱兎の如くと呼ぶような逃げ足ではないが、後を振り返らず一心不乱にと呼ぶのがぴったりである。

「やっと行きましたか。今回はかごめ様に珍しく同道させて”もらえない”おかげで、こちらが迷惑をこうむりました。今日まで私も我慢したことですし、もうそろそろそちらに犬夜叉を送り出してもいい頃合いですよね。かごめ様」

惚れた女子の居ないところでは、あれだけ真直ぐ素直に血相を変えて駆け出していける余裕のなさを、微笑ましくも可愛いいものだと弥勒は見送る。
「本当に、あいつは可愛い奴ですな。頭では自分を自制しようとしつつも、心と身体が裏切っている。ついでに、そのまま押し倒すまで正気に戻らねばもっといいんですがね。さて、私も愛しい女子(おなご)を愛(め)でに参りましょうか」

弥勒の口許には、優しさと微かな自嘲が含まれる。
「羨ましいものです。勢いというものは・・・」
ぽそりと口をついて出る。
その気になれば、手練手管も何のそのといえる法師が、掌での愛撫どまりという辺りに想いの本気さをうかがえる。
彼の場合、それでも愛でる手段には行動が伴う。半ば誤解という名の外套を羽織って。










犬夜叉は井戸の内での時空のゆがみを感じる刹那でさえももどかしく感じる。
犬夜叉の心を占めるものは、かごめの手にある”はずの”求愛の品。

「誰にやるつもりだ!俺の知らない誰にやるつもりだ!」
それは危険な思い込み。















  貴女は誰に想いを届けますか?


  Sweetな想いを、Sweetsに託し、
      貴女の想いを、あの彼(ひと)に届けよう 



それは、現代の日本における製菓業界が多大な努力の結果作り出した乙女心をくすぐる一大イベント。
夏の花火、冬のクリスマスと並ぶ、早春の甘い夢。
ふんわりふわふわ、気分も弾む。




「草太。暫く邪魔しないでね」
「はいはい。邪魔なんてしないよ。姉ちゃん、犬の兄ちゃんにチョコあげるんでしょ。頑張ってね」
「草太!」
思わず頬を赤らめそうな台詞をさらりと言ってのける弟に言い返す。
「犬夜叉だけじゃなくって、いつもお世話になってる皆にもあげるの」
「はいはい。義理チョコ”も”頑張ってね」
「・・・・・・」
「もう、最近生意気になっちゃって」





「さあ、あと後もう少しで完成だわ」


ふんわりふわふわ、気分が弾む。
ひときわ大きなハートには、想いを込めて『St.Valentine!』
そして、愛しい彼(ひと)の名を綴る。

だけど、面と向って想いを伝えられない。
代わりに想いを込めて、名を綴る。



  好きよ。
  あなただけ。

  だけど、あなたの困る顔は見たくない。


  大好きよ。
  私のあなた。

  だから、想いを届けたい。



大きなハートに、小さなショコラ。
まっすぐな想いと感謝を込めて、虹色のリボンで思いを封じ込める。

「よし!我ながら上手くできたわ。まずはこっちのみんなに配ってこよっと♪」















たたん、たたたっ。
しゅん―――。

祠の格子を引き開けると、人影の確認も早々に大地を駆ける。

――くんっ。

「この匂いは・・・」
先ほど弥勒から聞き及んだ求愛の儀式。
甘い匂いがかごめの家の竈(かまど)の近くから漂ってくる。

「かごめ!」
引き戸を開けると、そこにかごめの姿はない。

いつも食事が並べられる高く広い配膳の卓に、甘い芳香を放つ黒い塊を見つける。
「こんなもの、今まで見たことがねえ。これが、あの”贈り物”というやつか?」

犬夜叉は井戸からかごめの家まで、真直ぐに来た。
そこに、かごめは居なかった。
犬夜叉の心に、恐れが忍び寄ってくる。

――かごめは誰に贈るのだろう。
 
   俺はかごめが好きだ。
   分かっているだろう?
  
   言葉にはしないけど、おまえに分かっているだろう?
   言葉には、・・・・・・。   


『応』と答える覚悟もなしに、井戸に飛び込んだ自分を思い出す。
犬夜叉は、自分のはっきりしない態度のせいで何度もかごめに悲しい思いをさせてきたことを思い出す。
かごめが隠れて泣いていたのを知っている。そして、気付かないふりをして目を瞑ってきたことを思い返す。


   俺はかごめが好きだ。
   誰よりも。  

   だけど、おまえに伝えられない。


   大好きだ。
   俺のかごめ。
 
   だけど、本当は想いを伝えたい。


かつて犬夜叉が決めたその行く末ゆえに、かごめへの想いを告げることを躊躇った。


   かごめ。
   だけど、俺は誰よりも、・・・おまえが好きだ。






ふと目を移すと、綺麗な紐で結わえた錦の箱。
大きな箱。小さな箱。その全てから甘い匂いが漂っていた。

「これがあの・・・」
犬夜叉はひときわ大きな薄紫の箱を手に取る。
箱は白と薄紅の幅広の帯紐で結わえられ、その右上には綺麗な花が飾りつけられていた。


  かごめも誰かに想いを伝えるんだ・・・。

  かごめ。おまえは誰に想いを伝えるんだ?

  『俺』・・・なんて、ムシの良いこと、言っていいか?

  かごめ・・・・・・。




手にした箱が誘惑の芳香を放つ。
確かめてみろと。
想い人の心を覗いてみろと。






――しゅるり。

――がさっ、がさがさ。





恋は盲目。
いつの時代もそれは同じ。




「・・・・・・」







桃の形をした黒糖を思わせる菓子には、見知らぬ文字。

「・・・・・・誰なんだ。 俺が知らねえ奴か?」


思わず、菓子を手に立ちすくむ。


はっきり答えを返せない自分には文句を言う権利さえない。









がらり――。


「あっ、何やってんのよ。犬夜叉!人のもの勝手に開けて!」




「・・・・・・」

いつもなら即座に言い返してくる苦情が聞こえてこない。





「犬夜叉、どうしたの?」
かごめは拍子抜けというより心配になる。
想い人に気持ちを伝えるだけでいい。たとえ、返してはもらえぬ想いでも伝えられるだけでいい。そんなささやかな願いも、犬夜叉には重荷になってしまうのだろうか。優しい想い人を追い詰めることになるんだろうかと、かごめは悲しくなる。

「かごめ、すまねえ・・・」
「ごめんね。あんたには迷惑かけたよね」
「・・・・・・」
「でも、一度はきちんと好きだって想いを伝えたかったの」
「・・・・・・」
「やっぱり、振られちゃったかな?」
「・・・・・・」
「でも、今のまま、目を瞑るのも嫌だったの。一度はきちんと伝えたかった。
明日からは、また、いつもの私に戻るから・・・。今日だけは、ごめん!」



沈黙が流れる。
重苦しい空気が流れる。


「おいっ、駄目って・・・」
「だって、私の想いなんてきっと迷惑なんでしょ」
「おまえ、いい奴だよ。おまえの笑顔、俺、・・・嫌いじゃねえ」
「ありがと。私、嬉しい。犬夜叉って、やっぱり優しい」
思わず、かごめの瞳に涙が溢れる。

「かごめ、俺さ。おめえの辛え気持ち、全部は受け止めれねえけど、
おめえの笑顔は、俺に元気をくれる」
「・・・・・・」
「もう、忘れろ。明日は今日のことは忘れて、また、いつものように笑ってくれ」

「・・・・・・」
「かごめ、どうした?」
「あんた、けっこう残酷なこと言うのね」
「えっ?」
「たとえ、本当のことでも、口にはしないでよ。
あんたが私の想いを受け止められないのは分かってたけど、いつものように笑顔見せろなんて、今は言わないで!」


「えっ?」


  今、かごめは何て言った?
  
  おまえの想いって、

  おまえの想いって、

  ・・・・・・俺にか?



「かごめ、俺、うぬぼれていいのか?
間違ってたら、笑ってもいいから」
「・・・・・・」
「おめえの想いを伝えたい相手って、・・・俺のことか?」

「・・・・・・はいっ?」



「この菓子、俺にくれるつもりだったのか?他の奴じゃなく」
「・・・・・・」
「おいっ、答えてくれ。おまえが誰か他の男にこれを渡すんじゃなくって!」
「犬夜叉、あんた、私を何だと思ってるのよ。どうしてここで、他の人が出てくるわけ?」
「それって、この菓子、俺にくれるつもりだったのか?」
「決まってるでしょ! あんた以外にあげるつもりの人なんていないわよ。そうじゃなかったら、私はあっちに行かないわよ。馬鹿! 犬夜叉の馬鹿!」

「かごめ!」
犬夜叉は思わずかごめを抱きしめる。
ふわりと緋色の袖を翻し、犬夜叉はその腕の中に大切な少女を抱きしめる。


  言葉なんて要らない。


  約束なんて要らない。


  想いは繋がっている。


  好きだよ。

  好きだ。



犬夜叉はぎゅっとかごめを抱きしめる。





大好きな少女をその腕に抱いたまま、犬夜叉は手にした甘い芳香を放つ黒い菓子をかざして聞いてみる。
「なあ、これって何て書いてあるんだ?」
「うん?これね。『セント・バレンタイン!犬夜叉』って書いてあるの」
「へっ?」
「そうよ。あんたの名前よ。アルファベットって文字で ”ST.Valentine!Inuyasya 
”って 」
「読めねえじゃねえか。それにセント・バレンタインって、どういう意味なんだよ」
「・・・・・・」
「教えろよ」
「・・・・・・」
「言えよ!教えてくれ、かごめ」
「あのね・・・・・・”愛しいひと”っていう意味よ
小さな小さな声で、顔を真っ赤にしてかごめが答える。
「・・・・・・えっ///」
返事を貰った犬夜叉の頬も赤らんでくる。

「もう!恥ずかしいじゃないの。こんなこと言わせないでよ」
犬夜叉の胸に顔を埋めて、恥ずかしそうにかごめが呟く。

「そんなもん、犬に食わせろ」
犬夜叉も照れ隠しにぎゅっと抱きしめ直して、こう言った。



「ねえ、犬夜叉。このチョコ、貰ってくれる?」
「・・・・・・」








「なあ、これって、本当に俺が貰っちまっていいのか?」
「駄目?」
「・・・・・・」
「今更駄目って言うの?」


「貰っちまっていいんだな。俺、もう後には引けねぞ」
「うん。貰ってくれたら嬉しい。女の子にも勇気が要るんだからね」
「ああ、俺も覚悟を決める」
「覚悟?」
「ああっ」






「かごめ、俺。おまえの想い、確かに受け取った」
『応』の返事共に、犬夜叉はかごめに口付けを落とす。
















「おすわり! おすわり! おすわり〜〜〜!!」
「ぐえっ!!!」

「あんた、今、何する気だったのよ!この助平犬!」


台所には、チョコを片手に、床に突っ伏した色ボケ犬が残された。
「えっ? 何でだ? 俺、覚悟決めたんだぞ。おまえも受け取ってくれて嬉しいって・・・」







ー 了 ー



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(初書き2006.02.11)
犬君、覚悟決めて、かごめちゃんを襲ったらしい。
いや、この猛った気持ちをずっと忘れないほしいものです。(笑)

もちろん、皆様にも犬君の覚悟って、どういう意味か、分かっておられますよね。分かりましたよね!
バレンタインのチョコで、夫婦の約束を交わした気になった犬君に乾杯!(≧∇≦)/ぺしぺし

> チョコのシーズンですが、上はこっそり内緒話...とか?(笑) by髷麿さん
いや、なぜか全く違う状況のお笑い話に成り果てました。_| ̄|〇
甘さが足りなくてすみません。

幾望(きぼう):14日目のお月様♪
三日夜(の)餅(みかよもち):平安時代の結婚披露にあたっての儀式に用いられる餅。室町時代後期以降は三三九度にとって代わられますが、何だか風情があっていいじゃないですか。(笑)
今でも、ハレの日の「つけとどけの餅」としてお祝い事として残っています。 皇室では、今も続行中♪
Saint Valentine:Valentineには、本当に「愛する人のこと。つきあいたいと思っている相手」と辞書の定義にも出ているのです。My Valentineなんて表現がよく使われます。^m^
イラスト「密談」より





【Iku-Text】

* Thanks dog friends ! *

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