〜〜イラスト『読書の秋〜恋の詩(うた)』 〜イメージSS『恋の歌』〜
『 恋の歌 』 犬夜叉の視界に一冊の書が目に留まる。 暇にかまけて、ぱらぱらと頁(ページ)をくってみる。 「ふーん、懐かしいものがあるじゃねえか・・・・・・」 それは、昼間の陽射しがだんだんに長く温かくなってきて、もうじき訪れる忙しい季節を前にした早春の頃の話。 珍しく書物を手にする犬夜叉に、かごめはふと思い立って声をかける。 「たまには、犬夜叉に言葉で言ってもらいたな」 「はあっ、何をだ?」 暫くの間をおいて、犬夜叉は書を片手に開いたまま、顔をかごめに向けて疑問を返す。 「うんとね。『好きだ』とか、『愛してる』って言葉を犬夜叉の口から聞きたいなあって」 「お、お、おまえ、そんなこっ恥ずかしいこと、俺に言えっていうのか!」 「うん。たまには、言ってくれてもいいじゃない。減るもんじゃなし」 「減らなくても、言わねえ!」 「・・・・・・」 既に犬夜叉の頬は上気して、耳の先まで真っ赤になっている。 かごめの瞳に、やっぱりかという諦めと落胆の影が落ちる。 「何で、俺がそんなこと言わなくちゃなんねえんだ!」 「『言わねえ!』じゃないわよ。 『言わなくちゃなんねえんだ!』じゃないわよ。 『そんなこと』って、何よ! 言葉は気持ちを伝えるものなのよ」 かごめは精いっぱい想いを返す。 「・・・・・・」 理論武装で攻められたならば、口下手の犬夜叉に勝ち目はない。 「たまにはちゃんと言ってくれてもいいじゃない」 ましてや、上目遣いでおねだりするかのような潤んだ瞳で言われた日には、完敗である。 「男が、男が、そんな簡単にそういう事、言えるかあ〜! そ、それも、あ、あ、あいっ、あいっ、あうっ。 あいう――っ。 す、す、すすす・・・」 犬夜叉は難敵と遭遇したかのような緊張感で、はあはあと肩で荒い息をしている。 「やっぱ、そんなこっ恥ずかしいこと、俺に言えるか!」 一応、願いに応えようと努力だけはしてくれたのは分かるものの、結局は顔を真っ赤に染めて、わなわなと震えるだけに終った犬夜叉に、がっくりと肩を落とすかごめであった。 そして、端から無謀と呼んだ方が相応(ふさわ)しいといえる、今砕け散ったばかりのはかない願いに、お決まりの応えを返す。 「本当に、あんたって女心が分かってないんだから。もっとも、犬夜叉にほんのちょっぴりでもデリカシーを期待した私が馬鹿だったのかもしれないけどね」 「おい、デリカシーって、どういう意味だ?」 「あんたみたいに繊細な心の機微が分かんない野暮なやつのことよ」 犬夜叉の、優しさゆえの板ばさみな心を思いやって、自分の想いを封印していた以前のことを思えば、かごめは、今、充分に幸せを噛み締めている。 そして、実際のところ、かごめは目の前の相手に望むものを、根本的な次元で間違えていることも重々自覚している。犬夜叉にできる想いの表現の仕方は、蕩けるような甘い言葉ではなく、嘘をつけないその表情、その仕草であると。いざという時に命を賭けて守ろうとするその無意識の行動、その言動であると。 その何気ない優しさは、たとえ無意識のものとはいえ、彼の繊細な心がもたらしていることも分かっている。欲張りな言い分だということも分かっている。 分かってはいる。 ないものねだりをしているとは、よく分かっている。 犬夜叉に深く深く想いをかけてもらっていることは、いつだって、四六時中と言っていいほど、真直ぐかごめの心に届いてる。 そして、そんな不器用な裏表のない犬夜叉にかごめは惚れているのだから。 分かってはいる。 痛いほど分かっている。 だけど・・・・・・。 だけど、たまには自分を好きだと思っていてくれる、自分も大好きでたまらい相思相愛の恋人から甘い愛の告白らしき言葉を貰って、とことん甘い気分に浸ってみたいとも思う。 それの何処が間違っているんだろう、と惚れ合う相手の顔をじっと覗き込んでみる。 「はーーーっ」 そして、その希望の空しさに、思わず溜息が零れる。 それが二人の日常であった。 「おめえ・・・」 実際、砂糖菓子のような甘い愛の告白などできはしないのに、無能者と小馬鹿にされたような気分に、犬夜叉は毒づいてみる。 「おまえ、すんげえ勝手だ」 「あんたに告白してみろということが無駄とは分かってるのよ。あんたの気持ちはちゃんと通じてはいるわよ。だけど、たまには男らしく、ちゃんと口にして欲しいのよね」 「おまえ、俺が男らしくねえって、言うのかよ」 「別に、そういう意味じゃないけど、女はたまにはラブレターとか、告白とかしてもらいたいなあって思うものなの!」 「らぶれた?」 「ラブレターっていうのは、好きですって気持ちを切々と綴った手紙――恋文(こいぶみ)のことよ。どうせ、あんたにはそれも無理でしょ」 かごめが、ちろりと犬夜叉の顔に視線を移すと、引き攣って端が持ち上がった口がそれは言わずがなもですと肯定していた。 ますます脱力感が広がる。 「他にもラブソング――恋の歌――歌を歌うなんてのもあるけど、こっちはもっとあんたに似合わなくって、想像するのも悪い気がするんだけど・・・」 ここまで来たら、どうせ無理だと承知でやけくそ気味に念のため例をあげてみる。 「歌? 馬鹿にすんなんよな。歌ぐらいなら、俺にだって詠めんだぜ!」 「へっ?」 犬夜叉の予想外の台詞に、予想外の自信ありげな表情に、かごめの目は真ん丸に見開かれる。どう考えても見ても、聞き間違いとしか思えない。 恋だの愛だのという言葉と向き合うだけで、顔を真っ赤に染める朴念仁が自慢気にできると宣言する。 にわかに、興味が湧く。 乙女心がうずく。 『欲しい!』 おねだりの結果とはいえ、目の前の恋人の愛の告白を、貰えるものなら貰ってみたいという夢が、今叶う。それもラブソング! 「へーっ。あんたに恋の歌が歌えるの? できるものなら歌ってみてよ」 にっこりと微笑んでみる。 まるで、誘うかのように艶やかに。 「俺だってな、歌ぐれえなら作れるんだぜ」 犬夜叉はにんまりと自信ありげに微笑んだ。 「ちょっと待ってろ。うーん、今の季節なら・・・」 何やら季節に合わせて歌を歌ってくれるらしい。 本気? 瞳を閉じ、空いた右の手の指の背を下唇の下に押し当て、何やらぶつぶつと犬夜叉は呟いている。そんな犬夜叉をしばらく眺めていると、 「よし、こんな感じか」 と、かごめが思っていたよりも早く、犬夜叉は歌のできあがりを告げる。 いよいよなのだと、かごめはわくわくと期待に胸躍らせる。 「じゃあ、いくぜ!」 「うん」 先ほどまでのいささか子供っぽい印象の犬夜叉が、まるで嘘のように大人の男の瞳の輝きへと変わる。 「 梅の花 いつは折らじと 厭わねど 咲きの盛りの 君思ふ今 」 「・・・・・・はあっ?」 「どうでぃ」 犬夜叉は、感想を求めているらしい。 「あの、今のどういうつもりよ・・・」 「歌じゃねえか。おまえ、俺に歌詠んでみろっていったじゃねえか」 「歌って、歌って、それって、和歌じゃない」 「だからおめえがやってみろって言った歌じゃねえか」 「・・・・・・」 歌違い・・・。 『悪い入鹿(いるか)をむし殺す 645年。 なんと大きな平城京 710年』 思わずこんな日本史の語呂が頭を過(よ)ぎる。 ここで、万葉の時代から千三百年――いや、犬夜叉の時代なら八百年――に渡って延々と続くお歌。そんな雅な和歌が、よもや雅とは縁のない犬夜叉の口から出てくるとは想像もしなかった。 「歌っていったら、当然これだろ」 「違う!」 「何処が違うって言うんだよ」 実際の話、犬夜叉の時代でいえば、かごめのいうところの「歌」は歌舞音曲といわねば通じなかったかもしれない。 もっとも、それすらも念仏踊りに、謡に、盆踊りに、能楽・・・とかである。 「それに、どういう意味よ! 梅の花が咲いてるってのは分かるけど、一応君を思ってますっていうのも分かるけど、それのどこが恋の歌なのよ」 「おめえ、分かんねえのか? なんでぃ。おめえの方がよっぽどお子様じゃねえか。俺が教えてやる」 犬夜叉は手にしていた書物を傍らに置くと、 その手が掴むものをかごめの細い腕へと持ち替える。 「こういう・・・意・味・・・・・・」 最後まで言い終らぬうちに、犬夜叉はにんまりと微笑んで行動に移す。 言葉足らずを行動で補って表現する。それが犬夜叉。 そして、 かごめが、その意を理解したかどうかの返事は、 ・・・・・・ついぞ、できはしなかった。 優しく暖かな春の風が、素肌の上を吹き抜けていく。 ー 了 ー ************************************************************* (初書き2006.02.03/改訂2006.03.14) デリカシー [delicacy] :感覚・感情などのこまやかさ。繊細さ。微妙さ。 歌の意味: 梅の花のような君。つぼみの時も咲いている時もいつでも手折るのを厭(いと)うわけではないけれど、 咲き誇るように花開く今の君を、この手で手折らずにそのままに見ているのは本当に惜しい。 ・・・ちなみにこれは、万葉の歌もどきを、犬君に代わってIkuさんが捏造したものです。 _| ̄|〇 万葉集を眺めていたって、何処にも出てきません。(笑) 駄作を詠ませてごめんよ、犬君。>< でも、この歌の内容はけっこう助平な内容なんですよね。下心ありありで詠んでますから。 花を手折るって、花のようなかごめちゃんを食べちゃうことですから。^^ でも、この手の歌がすらすら詠めたら、きっとコマシになれるよ!犬君。←ほんとか! こんなことできたら、弥勒様に勝てそう・・・。(≧∇≦)/蛮蛮 既に、別人でしょうか? 案外、雅な母上からこんなことだけは、学んでいたのかも・・・と思うのですが。 こちらの設定は奈落消滅後のラブラブ馬鹿ップルです。ほほほ、既にできあがってます。 犬君は、迷いがなくなれば、やっぱり行動で愛状表現!でしょう。なんたって、口下手だから・・・。 イラスト「恋の詩(うた)」より |
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