〜〜イラスト『蒼き野性』 〜イメージSS『蒼穹』〜  








  『 蒼穹 』




「おいおめえら、腹いっぱいになったか?」

その頭上高く高くに太陽が煌めき、どこまでもどこまでも続く澄み渡った青空の下、
己の周りでまどろむ仲間に視線を落とし、にっと口許を緩ませる少年がいる。
漆黒の髪を吹き抜けていく風にさらりとなびかせ、彼は悠然とその大地に一人立つ。
そこは、背に森の木々を配し、眼前に広がる草原を見晴るかす境界域。





賢く、仲間に情が厚く、そして獰猛と呼ばれる狼。
それも人の肉を喰らう妖狼たちが、おのれの飼い主に服従するイヌの如く、
己に声をかける少年に、その喉笛を、その頭(こうべ)を目を細めて嬉しそうに預ける。
いや、どちらかといえば群れの長としての敬意を向けるに価する相手として、頭を垂れる。




少年の名は鋼牙。
妖狼族東の洞穴(あな)の若頭(わかがしら)。

鋼の如く強靭でありながら、鞭のように しなやかで伸びやかな肢体と、
何者に対しても引かぬ闘志を、その 「空の蒼」 を映し込んだかのような瞳に宿す。
いざ、命を賭けて戦う必要があれば、引きはしない。
くいっと不敵に微笑む口許から覗く牙が、その秘めた強さと誇り高さとを思わせる。
そのくせ、周囲をあっけにとらせるほど引き際もいい。

死闘をするのもいい。
だが、仲間の血を守るためとあらば栄光ある撤退も厭わない。
群れの頂点に位置する己個人の力と、群れの長としての俯瞰(ふかん)の視点。
その卓越した二つの能力を合わせ持つがゆえに、彼が率いる群れはあの不幸な策略
に嵌っても、生き長らえる者があった。
だからこそ、互いの信頼の絆は更に強くなり、彼は慕われるのである。
















かつて、北の洞穴の連中が、嘲笑交じりで、こう言った。
「おいっ、鋼牙! 今日はどうするんだ? また、逃げるのか?」

「へんっ! 勝手に言ってやがれ。 おまえらこそ、また仲間を減らすのか?」
大して気にも止めず、受け流したものだった。

別段、怯えているわけではない。
必要とあらば、打って出るだけである。
ただ闇雲に飛び出していっても、仲間を減らすだけである。
自分一人ではなく、仲間を守るのも彼の責務であった。


かつて、妖狼族の天敵 極楽鳥と対峙していた日々、
いくつもの洞穴で狼たちはそれぞれ群れを成し暮らしていた。
鋼牙は数ある群れのうち、東の洞穴の若頭 ―― 群れの若長(わかおさ) ―― であった。

一人前の妖狼族として鎧と守り刀と、守護の毛皮とを授かる以前、
己の牙で、己の爪で、命を繋ぐ糧を己で獲れぬ幼い子どもは、
親に、仲間に守られ仔犬のように家族の群れで暮らす。
一人前になったと、成人の儀式を過した雄のみが、
新たに若狼の群れの一員として迎えられる。

どの洞穴に加わるかは、洞穴の頭が選ぶ。

鋼牙はその先代の若頭に見込まれた。
そして、その力は群れの仲間にも認められた。
頭となる者には、その力で、その人望で、その洞察力で、
配下に従えるあまたの命を、守りきるだけの度量が必須であった。





極楽鳥を屠(ほふ)った数と仲間を失った数とを較べた時、
東の洞穴の群れの生存比率は他の洞穴と比するまでもなく高かった。
それは若頭の力ゆえ。
問題は、群れの誰もが若く、血気盛んで、臆病者とのそしりを受けることを
潔しとしない、狼の性質(たち) にあった。
それは、頭も然(しか)り。
そんな自我の強さゆえに、無謀を地で行く者も多い。
そして、上に立つ者も資質はあれど、やはり若さゆえの未熟もあった。




春に生まれる新しい命。
営々と続く種族の未来。
統率力は種族全ての未来を守リ、一族の繁栄を築く。
そんな血気盛んな若狼たちを束ねる者が、洞穴の若頭であった。














その一族の未来を担う若狼の洞穴は、後、いくつあるのだろう。












鋼牙は、傍らの大岩に腰をおろし、足元で休息をとる狼たちを静かな眼差しで見つめる。

   俺の力が足りなかったから、あいつらはもういない。
   飛び出していくあいつらを押し留めるだけの度量がなかったから、
   今の現実がある。




   なあ、おまえら、分かるか?


   俺の悔しさを。
   俺の不甲斐なさを。
   俺に託された命を守りきれなかった、俺自身への怒りを。
   力さえあれば、洞穴の仲間を束ねられると思い込んでいた、俺の驕りを。





   俺は、俺の失敗を、俺の過ちを清算しなけりゃ、前に進めねえ。

   俺に流れる妖狼の血の誇りを取り戻すために。
   そして、おまえらも、あいつらも、もう一匹たりとも死なせえ。
   それが、今の俺のただ一つの願いだ。









   八角や銀太には、言えねえ。

   犬っころ、・・・・・・ 案外、あいつは分かってやがるのかもしれねえ ・・・。

   俺もあいつも、守るために生きている。
   俺もあいつも、戦うために生きている。
















   ・・・・・・。









   くそったれ!





   俺は、あの犬っころと、・・・・・・ 犬夜叉の奴と同じか?



















どこまでもどこまでも続く澄み渡った青空に、太陽が高く煌めく。
吹き抜けていく爽やかな初夏の風が頭の上で結わえた漆黒の髪をさらりとなびかせる。
彼は悠然と己の目の前に広がる大地を遠く望む。
そこは、背に森の木々を配し、眼前に広がる草原を見晴るかす境界域。
青々とした若草が伸びやかに風に揺れる。




   ふん!
   俺は俺、・・・・・・ あいつはあいつさ。







   狼の誇りにかけて、犬と馴れ合うつもりは ない。
   若頭としての責任が、俺に仲間の無念を晴らせと突き上げる。

   狼の誇りをかけて、犬と馴れ合うつもりは、毛頭ない。
   目的を果たすためとあれば、犬っころの力さえ利用してやる。

   誇り高き狼の矜持は、一族の誉れ。


















くんっ ―――。

森を渡る風が、今は二人きりとなってしまった守るべき仲間の到着を告げる。

「お〜い、鋼牙。ちょっと休憩させてくれぇ ・・・・・・」
「遅えっ!」

「頼む。俺、腹減って、もう動けねえ ・・・・・・」
「俺も ・・・・・・」

銀太と八角は鋼牙と狼たちの傍らに倒れ込むと、肩でハアハアと荒い呼吸をする。

「なあ、おまえら、こいつらに恥ずかしくねえのか?」

「腹減ったもんは、腹減った」
「腹減って、喉渇いて、もう一歩も動けねえ」
銀太と八角は、生き物の本能である空腹に負けて、妖狼族の誇りと矜持を、
犬に喰わせてしまえとばかりに、放り出す。

「仕方ねえな。 おい、おめえら、これ喰いな」
鋼牙は、傍らの鹿肉を二人に投げて寄越す。

「鋼牙は?」
「俺はいい。おめえら、喰え!」











   守りきれなかった 俺の仲間。

   御し切れなかった 俺の未熟。

   俺を今も若頭として従う おまえら。

   俺は俺の責任を、俺の命を賭けてでも果たす。








空腹を鹿肉で満たしながら、八角がふと、鋼牙に問いかけをする。
「なあ、鋼牙。かごめ姐さん、今頃、元気にしてるかな?」

「ああん? 犬っころは頼りにし切れねえが、かごめだけは守るだろう?
 それに、いざとなったら、俺がいつだって駆けつけてやる」

「そ、そ、そうか。さすがだよな」
何ともいえぬ引き攣った笑顔が銀太と八角に浮かぶ。






   ああ、そうさ。
   俺たちの旅は過酷だ。
   か弱い人間のおまえを、今は俺たちと一緒には連れていけねえ。
   人間やガキとつるんだ犬っころに、今は預けておく。
   それが、おまえのためだと思うから。


   かごめ、
   奈落の野郎をぶっ倒したら、その時こそおまえを迎えに行く。
   そして、俺と妖狼族の未来を一緒に作ろうぜ。





















鋼牙は、澄み渡った高い空を振り仰ぐ。

















「おい、そろそろ出発するぞ。 遅れるんじゃねえぞ、おめえら!」





















頭上に広がるは、蒼穹 ――― どこまでもどこまでも続く 蒼い空。








ー 了 ー



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(初書き2005.11.18/改訂2005.11.20)
鋼牙君。仲間のあだ討ちも確かにあると思うのですが、
かつて若頭として血気盛んな仲間を御し切れなかった自分自身の不甲斐なさが奈落討伐の原動力なのではと、私は思ってます。
そんなわけで、銀太も、八角も、狼君君たちも、鋼牙にとっては守るべき対象。
一緒に戦う仲間だと思っていない気がする。(いいのか?)
かごめちゃんには、姐さんとして(自分と並んで)上に立てる度量に何よりも惚れたと思う。
惚れてみたら、かわいいし、(自分には)優しいし、文句なしのいい女だった。そりゃあ、一途になるよ。( ̄∇ ̄)
おまけの犬が横恋慕してくれて邪魔っけですが、いつもおすわりやられて男に見られていないらしい。
問題は、かごめちゃんの優しさゆえの犬への同情が愛情になったら困ると危惧しているのでは?(ありえそう)
かごめちゃんは、鋼牙君が唯一認めたボスなんじゃないかと・・・。
あれ?妖狼族って、女系一族なんですか?
鋼牙君、今でも本気で、未来を担う妖狼族をいっぱいいっぱい産んで欲しいと思ってんじゃないですか?(笑)
その鈍さもあんたの魅力だ!

イラスト「蒼き野性」より





【Iku-Text】

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