『星空の麗人』 〜イメージSS『渦中のひと』〜  





  『渦中のひと』




「あんたのあの彼氏、ここに連れていらっしゃい!」


腰に左手をあてがい、右の腕をおもむろに水平に持ち上げ、目の前の少女にビシッと
指を固定しこう言い放ったのは、かごめの友だち、あの三人娘のひとり由加である。
彼女がかごめを見据える眼差しには、はなはだ険しいものがある。



「ゆ、ゆ、由加。 あ、あいつ何かやらかしたっけ? あははははっ ・・・・・・」






最近、バンダナで耳を隠せば、こちらの世界を自由に闊歩していいと思い込んでいる
某戦国少年が、自分が知らない場所で何かしらの騒動を引き起したのだと、かごめは
確信する。思わず顔がこわばり、こめかみからはひやりと汗が流れ落ちる。

由加は、いや彼女を含むかごめの三人の友人たちは、偶然とはいえ実際に出会う前は、
今、話題の焦点となっている彼を、暴力を振るう二股のヤンキー少年と思い込んでいた。
もっとも、その辺りの細かい認識の程度をきちんと確認したわけではないのだけれども、
一応、今現在のところ、彼を ” 優しいひと ” ではあると捉えているらしい。
そう、二度にわたる彼との遭遇で、事後に問題が起こりそうな事態にはならなかったはず
である。
今のところ、彼の粗暴と呼べる誤解を受けそうな一面は見られていないはずであった。





――― あいつ、私のいない所で何やらかしたのよ!
     あいつに、自由を与えたじいちゃん、恨むわよ。
     でも、由加のこの厳しい眼差し。
     一体、一体 ・・・・・・、

     犬夜叉! あんた、いったい 何 やらかしたのよ!





かごめは頭の中で即座に色々なシュチュエーションを思い浮かべて事態を検討する。

ズゴゴゴゴ ―――― ッ と、渦を巻きそうな効果音が似合いそうである。
一人、妄想が暴走し暗く怪しい光を瞳に宿し、まるでブラックホールのように全てを
引きずり込みそうな過負荷の磁場の中心となって、思わず険しい眼差しになっている
かごめに、由加が声をかける。

「ちょっと、ちょっと、かごめ。 どうしちゃったの?」
先ほどまでの険しさをぽいと捨て去って、由加が心配そうに覗き込む。

「大丈夫? かごめ、疲れてない? 体調悪いんじゃないの?
 この間も、補習の小テストで、立ちくらみしたじゃない。
 また、あの時みたいに犬夜叉君に迎えに来てもらう?」


「・・・・・・」

打って変わったその優しさに、かごめが目をぱちくりさせていると、由加はにっこりと
笑って話を続ける。

「かごめを迎えに来てもらったついでに、犬夜叉君にお願いしたいことがあるのよ。
 だから、呼んでよ」


「あっ、今日は来ないわよ。家で大人しく待っててって言ってあるし、用事もあるから」
「へえ、そうなんだ。来ないんだ」
由加が落胆で肩をスコンと落とす。





今回の帰郷にあたって、犬夜叉にはきつく申し渡してある。
学校への迎えは必要ないと。
そして、代わりに神社の仕事を手伝ってやってほしいと頼んできた。

かごめがこちらの世界へ戻る際、最近では同行するのが常となった犬夜叉が、
暇を持て余すゆえに騒動を起すのである。
忙しければいい。
バンダナさえしていれば、ある程度外出も可能なことも分かった。
ママの買物の荷物持ちに、最近、雨漏りする神社の寝殿の屋根葺きの補修にと、
その身の軽さ、その馬鹿力を頼まぬ手はない。そして犬夜叉の暇も潰れる。
一挙両得である。


先回こちらに戻った際、器物破損という騒動を巻き起こしたそもそもの原因である
鉄砕牙は、こちらの世界では、神社の敷地の外では手にしてはいけないと、きつく
言い聞かせてある。
そう、かごめの部屋に置いておくようにとの厳命が伝えてある。
こちらの世界で、腰に愛刀を佩(は)いて神社の外を徘徊しようものなら、問答無用
で、見つけ次第「おすわり」だと、宣言もしてある。

恐怖で支配 ――― 弟の草太がぽそりとそんなことを言った。
しかしながら、悪意はなくとも、これ以上神社の宝物を破壊されるわけにはいかないし、
じいちゃんの寿命を短くさせるわけにもいかないのだ。
実際の話、犬夜叉は想像以上に働き者で手際も良い。
男手の足りない我が家では、思う以上に役に立つのである。
あくまで、物を壊しさえしなければ・・・・・・である。




「ごめんね。そんなわけで、今日はあいつは来ないわよ」
騒動の種が来訪しない確信による幸せか、かごめに余裕の笑みが浮かぶ。



「しかたがないわね。かごめ、あんたのうちまで行くしかないか」

「え゛っ ・・・」
思わず、まん丸な目でかごめが絶句する。

「い、行くって、うちまで来るの?」

「そっ」


「あのね。前に犬夜叉君に会った時から、目を付けてたのよ」

「・・・・・・」






――― 一体、目を付けるって、犬夜叉の何に目を付けたんだろう ・・・。
     腰の鉄砕牙?
     あの人間離れした獣裂の瞳?
     それとも、あの鋭過ぎる爪?
     もしや、バンダナで隠してはあるけど、ひょこっと突き出たあの犬の耳?
     ああ、駄目だ駄目だ駄目だ、きっとばれてるんだわ。
     どうしたら、どうしたら、どうしたら、誤魔化せるの?


そもそも、そんな些末な違和感よりも、全身、人目を引く緋色の水干に裸足という、
同年代の少年には、まずお目にかかれない時代がかった着物を普段着としている
点が、一番異様であるとは気が回らないかごめの感覚自体、既に末期的であった。
あるいは、地面に這いつくばって匂いを嗅いでいるあたりとかも ・・・、尋常ではない。



妄想の旅の空から心を呼び戻したのは、あゆみ。
「かごめちゃん、本当に疲れてるんじゃない? おうちまで送ってってあげるわ」

「そうだよね。 たまに登校してくれば、最近では決まって補習だもね。
 それがまた原因で無理がたたって、お休みが続くんだもの」

誤解を誤解だと口に出せるものならどんなに楽だろうか。
秘密を話せない辛さゆえ、黙って友人たちの好意と好奇心に任せることとなった。



「あいつに目を付けるって、私がいない所で犬夜叉ってば何かまずいことやった?」
家までの道すがら、少しでも今現在の状況を把握しておこうと、かごめは恐る恐る、
そして慎重に由加に問い掛けてみる。

「違うわよ。あんたの彼氏って、ちょっとそこいらには、いないタイプじゃない?」
にっこりと微笑む友人の笑顔には屈託がない。

どうやら、思っていたような最悪の空想は当てはまりはしないようだ。
「タイプってどういう意味?」

「犬夜叉君て、ハーフだったでしょ?
 目の色とか、髪の色とか、日本人離れしてるじゃない。かっこ良いじゃないの」




――― かっこいい。
     傍から見て、あいつ、けっこう格好いいんだっけ。
     まあ、愛想は良くないけど、けっこう整った顔してるもんね。



「そ、そ、そう?」
思わず頬が緩む。
惚れた相手が誉められると、自然と顔がにやけてくる。



「それに、中々運動神経も良さげじゃない。
 この間、あんたをおぶってフェンスの上を歩いてたじゃない。
 中々できない芸当を、さらりとやってくれたじゃない」
賞賛が続く。


「そ、そ、そうね」
思わず頬が引き攣る。
いつも、半ば空を翔けて飛んでいるような犬夜叉にしてみれば、それはごく他愛のない
造作もないことなので、その尋常ではないレベルに慣れ切ってしまっているかごめは、
ついうっかりと不思議とも思わず身を任せて、おぶさっていた。



「それに、優しいし、あんたの無理難題も聞いてくれそうで ・・・・・・」

「ちょっと、私がいつ無理言ったのよ!」
かごめの中では、いつも無理を通すのは犬夜叉である。
喧嘩しても、先に折れるのは自分だと信じて疑わない。




「言ったじゃないの。この間のかごめは恐かったわよ。
 かごめが犬夜叉君を恐怖で支配しているかと思っちゃったくらいにね。
 犬夜叉君って、ちょっとばかり気が短そうだけど、あんたのためなら体を張って、
 何だってしてくれそうじゃない。
 普通、私たちくらいの男の子って、いくら大切に想う子でも、恥ずかしがって、
 おんぶする子なんていないわよ」

「そうよね」
絵里も同意する。

「かごめちゃんてば、すっごく大切にされてるんだね。
 それに、おぶさる女の子もめったにいないわよね。
 かごめちゃんも、凄いわ。  どこから見ても、らぶらぶよ」
引導を渡したのは、天然のあゆみ。


「犬夜叉君、照れもせずに、やってたもんね」

「まあ、あいつにしてみれば、慣れてるからね ・・・・・・」
「えっ、あんたいっつもおんぶされてるの?
 あんた、最近、身体弱いからね」



「愛されてるんだ」
「ほんと、ご馳走様!」

四人そろっての帰り道。傍目に見れば、いかにかごめの彼氏が優しいかとの、
談議というか値踏みに花が咲く。

「北条君も優しいと思ったけど、どっかずれてるからね。彼の場合。
 犬夜叉君の優しさは半端じゃないよね。
 モノを貢ぐのと、身体を張っての愛情表現じゃ、北条君に勝ち目ってないよね。
 かごめが、犬夜叉君に、くらっと来たのがよく分かるわ」

何時の間にやら、由加、絵里、あゆみの三人にとって、犬夜叉はかごめの彼氏として、
花丸付きの公認となっていた。




――― あいつの普通はこっちでは普通じゃないからね。
     でも、何だか嬉しいような、照れるような ・・・・・・。




結局のところ、何一つ探りも入れられず、日暮神社の石段の下に到着する。
犬夜叉に遭遇する前には、きちんと聞き出しておかねばならない。
残すは、五百段の石段のみ。もう、後はなかった。



「ねえ、由加。ちょっと聞くけどね、一体あいつに何をお願いする気?」

かごめの切羽詰った響きをものともせず、由加はにやりと不敵に笑う。

「ふふ。これよ!」
手にしているのは、紙袋からごそりと取り出した真っ黒なマント。

「何よ、これ ・・・・・・」

「犬夜叉君に着てもらおうと思ってね。
 絶対似合う。すっごく似合う。変装なしで ” 地 ” でいける!
 明日の夜、ハロウィンパ―ティーを、うちのご町内で主催するのよ。
 ぜひぜひ、彼に参加してもらおうかなと。
 ちゃんと、かごめの衣装も可愛いやつを準備するから。ね、お願い!」



由加は、手にしたマントをひらりと翻し肩から羽織ると、おもむろに手を差し伸べる。

「お嬢さん、お手をどうぞ。
 私はあなたの美しさの虜です。
 天空に浮かぶ、白く煌めく下弦の眉月(まゆづき)さえ、
 君の前では引き立て役でしかない ・・・・・・」


かごめの手を取り、にわかに真顔で歯の浮くような台詞を口にするのは、元演劇部部長。
そう、由加は高校受験のため、既に部活動を引退したとはいえ、根っからの演劇好き。
どうやら、その線から犬夜叉を見初めたらしい。


「由加。あいつには無理よ。あいつに演技力は求めないで」
冷や汗を流しつつ、固まった笑みを顔に貼り付けて、静かに牽制球を投げてみる。

「別に、気障な台詞なんて吐かなくたって、ノープログレム!
 明日の夜、これを着てくれればいいだけなんだから。ねっ!」



「・・・・・・」





にっこりと微笑む友人に、かごめもつい想像の羽根を伸ばす。

――― 黒いマントを羽織った犬夜叉。

     白銀の髪を夜風にさわりとなびかせて、
     彼は、暗い空に浮かぶ細い月を睨みつけている。
     闇にしか生きられぬ自分を哀れむように、
     金の瞳が宿すその孤独に、魅了される。

     ふいに、私に気付いたように、視線を移す。
     そして、かすかに開かれた口の端よりから覗く大きな白い牙・・・・・・。


     その姿は、まるで生まれながらの闇の深遠に溶けるかの如き夜の麗人。


     けっこう、似合うじゃん。
     あいつ、馬子にも衣装だわ。


     おもむろに、私へと差し出される長い指。
     目に映るのは、頭上に頂く真っ白な産毛に覆われた犬の耳。
     ぴくぴくぴく。
     そう、ぴくぴくうごめく愛らしい餃子の皮五枚分の犬の耳 ・・・・・・。





どっと汗が噴出す。









「だ、だ、駄目よ!」
思わず、妄想の海より、かごめ、帰還を果たす。

やばいよやばい。
どう考えても、あの耳だけは駄目よ。


「そう、残念ね。
 あんたの身体も心配だし、犬夜叉君もそんなかごめをほっとけないし。
 あんたが、駄目というなら仕方がないわね」

「あ、ありがと」



「ところで、かごめ。あんた、お休みの間のノート欲しくない?」

にっこり微笑む友人のお尻から、先が尖った長く黒いしっぽが生えている気がする。















「おーい、かごめ。帰ったのか?」
石段の上から犬夜叉のかごめを呼ぶ声が聞こえてくる。

タイムリミットは、後わずか。






選ぶのは、どっち?
ノートと犬耳。

かごめの喉が、ごくりと鳴った。






− Fin −


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(初書き 2005.10.25)
さらりと書くはずでした。
ショートショートで、麗人犬君話を・・・。
駄目なのよ!犬君の値踏みなんか始めちゃったら・・・話が進まないじゃない。_| ̄|〇
そりゃあね、誰が見たって、犬君のやってることは、とってもとっても優しいんだけどさ・・・。
「星空の麗人」 イメージSS





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