『ふんどし犬君〜波涛に吼える!〜』 〜イメージSS 『夏の災厄〜飼い主はいずこ?』〜  






  『 夏の災厄 〜 飼い主はいずこ? 』






強い陽射しがぎらぎらと降り注ぐ太陽の下、海へと向う電車が発車する駅のプラットホームに、周囲の視線を独り占めする一行が現れた。
それは、夏休みも後半戦となった、残暑厳しいある夏の日のこと。

周囲の視線を集めるのは男ばかりの三人組。やや白髪が多くなった飄々とした雰囲気の老人と、健やかな明るさを持った子供と呼ぶのがぴったりの小学生らしい少年と、そろそろ青少年の域に入りそうな、と表現するのが似つかわしい微妙な年ごろの年長の少年という異質な組み合わせである。

中でも目を引くのは、年長の少年である。
少年は蜜色の瞳と白銀の髪という、あまり目にすることのない鮮やかな色彩を湛え、それでいて昔の武人を思わせる精悍さとを併せ持っていた。周囲に異彩を放つ少年は、頭に蒼色のバンダナを巻き、上衣には白い小袖状の白衣と、下には緋袴とを身に付け、小脇に緋色の水干らしき着物を携えている。左手には竹刀のような長物(ながもの)を収めるような袋を握り締め、素足に草履履きである。年のころは十五、六。少年くらいの年齢であれば、武道系のクラブにでも所属しているからだとも考えられなくはない。

その傍らの老人も白い小袖に浅葱色の袴を身にまとう。髪を後ろ一つにまとめたさまは、”まげ”のようで、自然と神主などの神職を思わせる。
二人とも、常日頃より着物で暮らしている事をうかがわせる立ち居振舞いである。何とか納得しようと思えば、神職に携わるご一行様である。

一行の異質さを際立たせているのは、同行する小学生の子供。頭に麦わら帽子をかぶり、背にリュックをしょって水筒を携える。三人が現在居る場所を思えば、一番似つかわしいはずではあるが、その普通さが一行の奇異さを決定付けていた。

みなの注目を集める中、当人たちはごくごく自然に会話を交わしているらしい。
そして、暑さの中、暇を持て余す人々も聞き耳を立てて一行の素性に関心を寄せていた。


「ねえ、兄ちゃんはクロールできる?」
「『苦労を売る?』へんっ。俺は苦労なんざ売りも買いもしねえぞ。自分から厄介ごとに首をつっこんでは苦労を買ってんのは、かごめの奴だ。まあ最終的には俺にも降りかかってくるけどよ」
鼻先をぽりぽりと掻きながら答える様子から、二人はとても身近な関係らしい。
「違うよ。泳ぎ方でね、後ろから前にこんな風に手をぐるぐる回してね、足をバタバタさせるスピードが出る泳ぎ方なんだよ。こうやって、やるの!」
身振り手振りで、小さな少年は泳ぎ方を説明する。どうやら、泳げるようになったことがとても嬉しいらしい。

「"くろうるう"とやらは知らねえけど、俺だって泳げねえわけじゃねえぜ。もっとも、わざわざ自分からは海なんかには入んねえけどな。岩場を飛んだ方が早えじゃねえか。へたに濡れたら鼻も利きにくくなるし、第一、そんな時襲われたら危ねえだろ」
「兄ちゃん、さすがだよ。今日はこっちだから、その点は何にも心配ないよね。一緒に泳いでね。ね、兄ちゃん!」
「いいぜ。まあ、こっちなら、襲われる心配なんてないし、付き合ってやるよ」
「ありがと、犬の兄ちゃん!」


「おお、仲良く遊んでくれるのか。海ではよろしく頼んだぞ」

(ああ、ありがたや。ありがたや。草太、わしはとっても嬉しいぞ)
二人の会話を聞きつつ、老人は心の中で小さな方の子供に手を合わせる。
本来であれば、小さな子供の相手を勤める少年に感謝の意を表すべきである。
しかしながら、老人にとって、世話をしてもらいたいのはむしろ、この大きな方の少年であった。


「スイカ割りもやろうね」
「おうっ」
「カキ氷も食べようね」
「いいぞ」
「でも、兄ちゃん。やっぱり鉄砕牙を持って来たの?」
「当然だ。こいつは俺と一心同体でい!いざとなったら、こいつでおまえらを助けてやるからな」
「ありがと。でも、きっと妖怪なんて何にも出ないと思うけど・・・」
「それならそれで、いいじゃねえか」
「うん」



(ああ、今日一日は、思わぬ楽ができるというものじゃ)

少年二人の仲むつまじさに、思わず喜びにむせび泣きをしかけた老人である。

微妙な違和感をそこかしこに滲ませつつも、傍目には仲の良い家族かご親族一行様に映っていることだろう。
聞き耳を立てていた人々は、どこかの神主の家族が、海水浴にでも出かけるのだと納得する。端々に漏れ聞こえてくる意味不明な言葉や、神職の着物をまとったまま海辺に出かける異様さを忘れ、暑さの中、暇を潰させてくれた一行に、その場に居合わせた人々は温かい感謝の眼差しを送る。


ぱ――ん、ぷわぱぱ――――ん。
ホームに電車が入ってくる。
小さな少年に続いて、一行は海へと向う電車に乗り込んだ。









そもそもの、ことの発端は――――――。


「かごめ、いつまでこっちに居る気だ!」
久々の夏休みの登校日。
学校より帰宅した少女を出迎えての開口一番、こんな気が短そうな挨拶抜きの台詞を、大声で投げかける者は一人しか居ない。

「犬夜叉、仕方がないじゃない。今年の夏もあと少しだもん。普段あっちにばかり行ってるわたしが、少しでも勉強の遅れを取り戻すには、こっちに帰っているときぐらいしっかり勉強しないと、ママも安心して送り出してくれないじゃない。わたしだって安心してあちらに行けないし・・・・・・」

どうやら、かごめが自分と一緒にそのまま井戸の向こうに行く気がないのだということだけは、分かる少年――犬夜叉である。
それは理性というもの。
感情は、また別物である。

「何言ってやがんだ。奈落が欠片を全部手にしたら、遅えんだぞ」
犬夜叉は一応、いつもの台詞を言ってみる。

「あのね、犬夜叉。わたし、本当に切実なの。だからね、学校でこれに申し込んで来たの」
にっこり微笑む少女が手にする一枚の紙片には、こう記してあった。


  『最後の夏を有意義に過そう!  学習合宿 二泊三日』


「はあ?」
「だからね、学校の先生と同級生のみんなとで、明日から二泊三日の泊りがけで勉強するの」

「な、な、何言ってやがる!(俺の知らねえ奴らと一緒に)泊まるだと?」
犬夜叉が怒気を顕わにして叫んでみるものの、ひっ迫した学力の低下という現実がかごめを一歩も引かせない。
それでも、かつて優秀な成績をとっていた者にしては、その右肩下がりのジェットコースターばりの急下降をよく受けて入れているものなのである。それが恋する乙女の底力のなせる技だということは、当事者の二人には分かってはいないだろう。

「先生の好意だけじゃなくってね、わたしも切実なのよ。分かる?犬夜叉」

背に暗雲をしょったと形容するのがぴったりの迫力で、どこかの妖怪が「時は満ちた」とばかりに大きく見開くかの如き瞳で、相対する少年の気を呑まんと勝負をかける。

「・・・・・・あ、あ、あははは・・・・・・か、か、かごめ?(恐ええぞ・・・)」

勝負あり。
思わず後ずさる犬夜叉であった。

既に勝機を見い出せなくなってはいたが、一応の抵抗の返事を返す。
「ここで、いつもみていにするんじゃ駄目なのかよ?」
「うん、駄目」
にっこり微笑んで引導を渡すべく畳み込む。
「わたしね、できるだけ早くみんなに追いつきたいの。朝も夜も一生懸命勉強して、”できるだけ早く”、安心してあんたと一緒にあっちに行けるようにしたいのよ。分かる?」
もっとも、既に"何処が分からないのかさえ分からぬ"という末期的学力がわずか二泊三日程度の合宿で今更どうにかなると思うのは、本人のかごめぐらいである。

少女にとって、恋する少年に会えない二日よりも、あちらの世界で少年の傍らにかの巫女が寄り添う可能性よりも、こちらの世界にいる間だけは、何よりも心を捉えるのは恐怖感を覚えるほどの低学力である。
それも、井戸のこちらにいる時の、自分だけを見つめていてくれる少年の眼差しがあってこそなのであるのだが・・・・・・。


惚れた少女の一歩も引かない決意と微笑みに勝てるわけがない。
それも自分と"できるだけ早く"あちらの世界に帰るためと言われてしまっては、降伏するより道はない。まっすぐに見つめる少女の瞳に当てられて、少しばかりの恥ずかしさと嬉しさとで、承諾の言葉を紡ぐ。
「しかたねえな。三日で何とかできるんかよ・・・・・・」
「分かんないけど、頑張るね」
「頑張れよ」
「うん。頑張るから、むこうに一緒に帰ろうね」
「おうっ」

ここで、さり気なく肩でも抱き寄せれば、初心とのそしりや朴念仁のレッテルを返上できそうな話である。
それでも、大好きな少女の「一緒に帰ろうね」という言葉と柔らかい笑顔に心がふわふわと湧きかえる、半妖の少年であった。

男として、実にもったいない話である。








「行ってきまーす。犬夜叉、大人しく待っててね」
「いってらっしゃい」
「・・・・・・けっ」

あっけらかんと、元気良く家を出る少女の背にあるのは、いつものリュック。
ただし、行く先はいつもの井戸の向こうではなく、同じこちらの世界の海辺の保養施設、自然こどもの家。
学校主催とはいえ、今は塾に通う者も多いので、実際の参加者はさほど多くはない。

こちらの世界に居場所のあるかごめにとって、勉強とやらが大切だということは、犬夜叉でさえ理解できる。
偶然、あちらより戻ったこちらの世界。
家庭教師さながらの密度の高い時間と環境が約束されるとあれば、かごめが望むのも分からなくはない。
自分で納得して少女を送り出したはずである。
それでも、犬夜叉にとっては、かごめに置いてきぼりを食った気がして、寂しくて仕方がない。そのくせ、気もそぞろで、井戸の向こうに帰る気も起きはしない。
ぶよの手を引っ張って、遊んでみる。
「退屈だ、退屈だ、退屈だ!」











あれから一日が経過する。
かごめのいない第一日目は、神社の宝物殿の夏の虫干し作業で一日が終る。
五百年の歴史を誇る神社といえど、ご神体などを日干しにするわけではない。日に晒すのは、湿気を含んだ古い書物や重い骨董の品々。
犬夜叉の人並みはずれた疲れ知らずの怪力は力仕事にうってつけゆえ、男手の足らぬこの神社の宮司にとっては実にありがたいものである。
普段から無作法を咎められるものの、実際のところ犬夜叉は働き者で、案外手際も良い。その手際の良さゆえに、普段であれば一週間を費やす作業が一日で終る。ありがた過ぎて、「三日間の平穏無事を願う」計画がたちまちに行き詰まってしまう。
問題は、暇を潰すべき日がまだ二日もあるということだ。



「困った。本気で困った。一日で終ってしまったぞ。楽が出来たのは嬉しいが、かごめなしで、まだ二日もあやつのお守りをせねばならん・・・・・・。
ど、ど、どうしたら、いいんじゃあ――!」

犬夜叉の退屈に、一番の迷惑をこうむるのは、決まってこの家の老人。


飼い犬には飼い主ランキングがあるという。
もちろん、最上位のトップは惚れ抜いたご主人様である。
犬本人にとって、己の立場は家族の中で下から二番目らしい。

そう、自分の下に一人いるのである。
半ば無意識のランク付け。









「はーっ。つまんねえ」
暑いさなかに耳を隠して戸外に出るのも億劫で、何とはなしにかごめの部屋でかごめの匂いを胸いっぱいに吸い込んでみる。

「かごめ、今日も帰ってこねえんだよな・・・」
ぽつりと、呟く。
だからと言って、井戸の向こうで待つ気など、さらさら起きない今日この頃。




「おい、犬夜叉。海に行かんか?」
寝転がった犬夜叉の頭上で、この屋の老人が上下反対向きの顔で、こう言った。

「はい?」
武人として、スキだらけという失態を犯した気恥ずかしさに顔を赤らめつつも、表向きは何気なさそうに、髪に指を差し入れカシカシと掻いてみる。

「海って、かごめの行った海か?」

飼い主に置き去りされたペットのように、当然のようにその名を出す。

「いや、草太の宿題じゃ。
夏休みの宿題に、『家族旅行の思い出の絵』というものがあってな、家族と一緒に出かけた先の絵を描かねばならんらしい。そして、それを作文にも綴れという難題だ。
我が家は神社ゆえ、家族総出で出歩くわけにもなかなかいかん。
そんなわけで、ママさんを留守番にひとり残して、おまえも一緒に行かぬか?」
「俺は、かごめに外を出歩くなって釘刺されてるんだろ?
それに、がっこうとやらだったら、行かねえでも何とかする算段はあるんだろ。えっ?」

「確かにある。確かに別の宿題はあるが、それでは草太が不憫でな。
どこにも行かぬ者は、観察日記とかの理科の自由研究でも良いことにはなっておる」
「じゃあ、問題ねえじゃねえか。その何とか研究とやらをやればいいだろが」
「おまえ、それだと草太は一人っきりじゃぞ。草太のほかの同級生は、みな旅行に行くらしい。
ただ一人旅行に行かず、クラスでただ一人自由研究の宿題というのは、草太が不憫でな・・・・・・」
そう言うと、老人ははらはらと涙をこぼす。
「ずずずず――――」
鼻水をすする音だけがかごめの部屋に鳴り響く。



「一人っきり・・・・・・」
嫌というほど、孤独を味わってきた犬夜叉にとって、大切な少女の弟である心優しい少年の悲しげな顔が脳裏に浮かぶ。
(草太の奴なら我慢しちまうんだろうな・・・・・・)

「そういうわけで、おまえも一緒に、かごめの居る海辺に行かんかの?
もちろん日帰りだし、かごめに逢いに行くわけじゃないが、おまえもかごめの近くの方が寂しくないじゃろうが」
「お、お、俺がいつ寂しいって言ったよ!」
耳をピンクに染め上げて、すぐさま切り返す様がまことに可愛らしい。

「駄目か?わしでは、さすがに草太と海で遊んでやるには年をとっておるでな。若いおまえが付き合ってくれれば草太も喜ぶ」

「しかたねえな、俺も草太のために付き合ってやらあ」

犬夜叉は瞳の奥にそわそわとした気持ちを押し隠したつもりで、その実、目尻に笑みが浮かぶ。
への字にしたはずの口の端が、嬉しそうに持ち上がっている。
そして、頭上の犬耳がぴくぴく動く様子は、―――-喜びでとても興奮しているらしい。

「そうか!おまえも行きたいか!
わしも草太のために行くが、やっぱりおまえはかごめに逢いたいか。可愛いのう」
「うるせい!草太のために付き合うって言っただろうが」




かごめの迷惑を考えもせず、自分の気苦労を少しでも減らすべく謀略を練る。
最近では井戸の向こうより孫娘に付き従ってやって来て、孫娘が向こうに行くまで、こちらの世界に"居つく"ようになった、飼い犬の如く少女を待つ健気な少年の相手を、誰かに丸投げするために手を尽くして努力する老人であった。
少女の身近に居るこの少年の、その異形性やこちらの世界における世間外れの感覚を、老人自身のうっかりさ加減と、血筋としか言いようのない鷹揚さとで、つい失念する。というより気にも留めない。
その後のはた迷惑な顛末を少しも想像しないあたりが、罪深くもかわいらしい御老体である。

「じゃあ、行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
「おうっ」

そんなわけで、神社の留守居(るすい)を勤めるかごめと草太の母に、のんきそうな笑顔で送り出され、かごめの滞在する海を目指すこととなったわけである。













いつも眼下に見下ろしていた長い鉄の車の一種に乗るのは、大きな方の少年――犬夜叉にとって想像を越えたものであった。
見知らぬ大勢の人息れと体臭に、乗り物特有の燃料の油臭さとで、眩暈がしそうになる。
思わず、窓から飛び出して、電車という名の鉄の車の隣を走って追いかけたい衝動に駆られる。それでも、出発前に優しくお願い――釘を刺されていたので我慢の脂汗を流す。

「犬夜叉君、あなたには電車なんて乗り慣れないものだろし、ゆっくり過ぎるかもしれないわね。でも草太はあなたと一緒に出かけられてとっても嬉しいらしいの。迷惑をかけるかもしれないけど宜しくお願いね」
頼られることに喜ぶ犬夜叉である。
かごめによく似たにっこりとした微笑みとともに、託された期待に是が非でも応えたいと思う健気さである。

「兄ちゃん、大丈夫?」
犬夜叉が初めての経験に無口になっていると、乗り物酔いでもしたのかと心配して、声をかけたのは小さな方の少年――草太である。
「ああ、でえじょうぶだ」
心配そうに覗き込む瞳に、心配かけちゃいけねえと、口の端を持ち上げて、弱々しげな笑みを返す。当の本人、これでも満面の笑みを浮かべているつもりである。

人まかせ、正確には乗り物まかせの移動という初めての経験も、乗り越えるべき試練とばかりに立ち向かう犬夜叉である。


時折開閉されるドアより、潮の香りが鼻先に匂う。
「海が近えな」
「凄いね、兄ちゃん。でも、どうして分かるの?」
「潮の匂いがしてきたからな」
「さすがだね」

暫くすると、車窓から青い空と何処までも続く大海原が目に飛び込んでくる。
間もなく、目的地の海岸である。

(ああ、草太ありがとう。ここまで何事もなく辿りついたぞ)

老人は、またしても、小さな少年に手を合わせる。






寄せては返す白い波。
土用を過ぎた海水浴場には、時折ザブンと大波が押し寄せる。
少々お客も減ったとはいえ、まだまだ茹だるよな熱波をぎらぎらと放つ太陽の下、同行のスクール水着をまとった少年と緋色の水着の少年とが波と戯れる。
一応保護者であるはずの老人は、いつの間にやらアロハシャツとハーフパンツにサングラスといういでたちとなり、浜辺で借りたビーチパラソルの下、サマーベットに身を任せて、ふたりを目を細めて追いかけていた。

「ああ、今日は草太のおかげで、平和に一日を過せる」
と、密やかに呟く至福の時を過していた。この時は。


「犬のにいちゃん、スイカがいい?それともイカ焼きとか、とうもろこしとか、カキ氷なんてのもあるけど、何が食べたい?」
「どれでもいいけど、スイカ割りとかいうのをやるんじゃなかったか?」
「あ、そうだった!」
一泳ぎの後というより、波と戯れた後という方が正確であろう。
浜辺で寝転ぶ老人の元に戻る道すがら、次の相談をする。仲の良い兄弟の如き会話である。
大勢でやるならまだしも、三人で丸ごと一個のスイカを食べるなんて、豪勢というよりも、腹痛を心配してしまう少年である。そこらあたりは、草太は心配性な繊細さを持ち合わせていた。それとスイカ代。
「いいじゃねえか。食えなけりゃ、俺が全部食ってやる。心配すんな!」

この日一日の平和のための祈祷料と思って、老人はスイカ代を快く出してくれる。


海の中ではいざ知らず、彼らは周囲の注目を一心に浴びていた。
いや、浴びていたのは片方の少年だけである。
それは犬夜叉。
蒼いバンダナからさらりと流れ落ちる人目を引く腰まで届く長い髪。それは傍に見ても染めたものと思えぬ豪奢な白銀の髪。
白銀と対をなすような強い意志を宿す金の双眸。
そして、伸びやかで精悍な肉体。少年のからだは鍛え上げられた筋肉に彩られ、喩えるならば、しなやかな若い武人の彫像のような肢体であった。
そして、極めつけは鮮やかな緋色の水着。
白銀と黄金に象られた美丈夫には、とても似つかわしい姿と言えなくもない。
中々に個性豊な人目を引く鮮やかな水着である。
それは、T−バックのビキ二パンツと曲解できなくもないとはいえ、とても珍しいモノであった。
背面から見ると股間からTの字型に紐がぐっと食い込み、引き締まった臀部が丸々とさらけ出されていた。
側面から見れば、細い紐結びのマイクロビキニのように、腰骨が顕わとなっている。
体の前面では、鍛えられた惚れ惚れするような腹筋と形の良いへその下から膝上あたりで、ひらりと共布がひるがえる。



まさしく、それは褌。


















「これ着てね」
「あん?」
手渡されたのは、いわゆる海水パンツ。
どうやら、ママさんが準備してくれていたらしい。
「おい、これだけか?」
「そうだよ」
手渡された水着をしげしげと眺める。


いつも白の単(ひとえ)に袴というだけでなく、夏の暑い盛りでさえ、ぴっちりと緋鼠の衣という名の水干に身を包む犬夜叉にとって、それはそれは心もとないない代物であった。
犬夜叉にとって、この海水パンツというものは、時々、さわっと吹き過ぎる風にあおられて、かごめの短い腰巻、スカートの中に見え隠れする女性(にょしょう)用の下帯を思わせる。
草太を見れば、こちらの世界ではこれが普通の着物だと理解はできる。
ただ素肌をさらす習慣のないまま、戦いの中を幼い頃から今日まで生きてきた犬夜叉にとって、落ち着かない着物である。
ましてや、この海水パンツ。
その中味がやけに解放的なのである。ついでに言えば、腹回りも伸び縮みしそうで、腰の辺りが落ち着かなそうである。
いつもぴっちり着込んだ衣だけでなく、犬夜叉にとって、地肌に身に付けるものは慣れ親しんだ下帯――俗に言う"褌(ふんどし)"である。
男の”あそこ”を前褌(まえみつ/前袋:まえぶくろ)で二重(ふたえ)にがっちりと包み込む。
そして、上端は横褌(よこみつ)と呼ばれる細紐でぐっと腰に安定させ、股を通した後褌(うしろみつ)でぐっと締め上げ固定する。
それこそが慣れ親しんだ下帯――男の下着である。
確かに昔から下帯にも開放感いっぱいの着衣の仕方もある。
飛んだり跳ねたりが常である犬夜叉は、以前より、きっちり締め上げるのが普通であった。
犬夜叉にとって、手渡された海水パンツは、ネットであそこをゆったりと包むという点でも、伸び縮みする腰のゴムという点でも、何やら落ち着かない。
何だか”あそこ”がぶらんぶらんしそうで腰が据わらず、いざという時の踏ん張りが効かない気がするのだ。





「なあ、草太。いつものこの衣のままじゃ駄目か?」
手にしたパンツを握り締めて呟く姿は情けない。
「駄目だよ、兄ちゃん。ただでさえ、兄ちゃんは目立つ姿なんだよ。海辺で上下ぴっちり着込んでる人なんて、いないんだからね」
「だけどな、この海水ぱんつとかいう、こっちの世界の下帯はどうにも落ちつかねえんだ」

いつもの勇猛果敢さはどこへやら。
「何だか腰がすーすーして、駄目だ」
半ば、半泣きのようなすがるような目をして、多分にバンダナに隠された犬耳をたらりと垂れ下がらせて、こう言った。

まるで「待て」を宣告され、飼い主におねだりをするような眼差しで、小さな少年に懇願する。
「せめて、このぱんつとやらだけは、許してくれねえか」
「兄ちゃん、分かったよ。でも、衣は脱ぐんだよ。その方が、ビキニパンツの水着みたいで目立たないからね」
「おうっ」
満面に笑みを浮かべる犬夜叉であった。


実際、褌というものは、相撲取りが『まわし』を締めるように、祭りで神輿を担ぐ時のように、日本文化を形容するのにぴったりなものである。
"腰だめ"とか、"腰を落とす"と表現される腰で踏ん張るための手段としても、中々道理に合った下着といえるのである。
更に言えば、これ一つで、男の外着と言えなくもない。
褌の前のひらひら揺れる前垂れは、男のおしゃれ、自己表現の一貫のようなものである。
もっとも野暮な犬夜叉にそんな気持ちは毛頭ない。




下着であるパンツ一枚より、海水パンツを望む現代の少年、草太。
海水パンツという外着より、褌という名の下着を望む戦国の少年、犬夜叉。
案外、浜辺であれば、褌姿も、"粋(イキ)"として、目に映るものかもしれない。


(うぬぬ、海水パンツは駄目か。腰紐で結わえるもっこか、黒猫のようなビキニの水着なら、犬夜叉の奴も着たかも知れん。ぬかったな)

もしかすると、真っ赤なパンツを準備をしたのは、この老人だったのか。








奇異と好奇の視線に晒されるものの当の本人も、同行の少年も周囲の視線には全くの無頓着で、スイカを囲んでいた。
その出生と生い立ちゆえに、奇異な視線に慣れ親しんだ犬夜叉である。今更、敵意がない視線などは気にも掛けない。もう片方の草太は端から気付きもしない。

「兄ちゃん、『スイカ割り』はね、目隠しした状態でスイカを刀代わりの棒で叩いて割るゲームなんだよ。そのあと、食べる楽しみまである浜辺のベストワンのゲームだよ」
「ふーん、目隠ししてって、心眼でこいつを捉えるのか?」
「心眼って、兄ちゃんてば修行みたいなこと言って。あ、でも棒、どうしようか?準備してないや」
「草太、何言ってやがる。棒の代わりに本物があるじゃねえか!」
「本物って、まさか、兄ちゃん・・・・・・」
「これがあるだろ?」
犬夜叉が手にしているのは、愛刀鉄砕牙。
銃刀法違反で即刻捕まりそうな日本刀の包みである。
「兄ちゃん、刀は駄目!お巡りさんに叱られちゃうよ」
「うん。鉄砕牙って、見た目は普通の日本刀だから、駄目だよ。
まあ、変化させちゃえばそうは見えないかもしれないけどね」

犬夜叉の瞳がきらりと光ったのは見間違いではない。


「うんじゃあ・・・・・・」
「駄目!」
「ちっ」

思わず、その展開にハラハラする老人であった。
後先なしに飛び出していく性格、ところかまわず愛刀を抜き放つ性格。

(ああ、草太。またしても、ありがとう)

傍観者を装おうとするふたりの保護者であった。







結局、浜茶屋から棒を借り受け、ふたりで挑戦する。
あっさりと勝負がついたのは、言うまでもない。
心眼以前に、鼻でスイカの在り処(ありか)が手に取るように分かる犬夜叉であった。

何にせよ、スイカを口にほおばり海辺の休日を満喫するふたりであった。


「海ももうじき終わりじゃ」
「何で?」
老人の呟きに、ふたりが問いかけをする。
「そもそも海水浴は、海開きに始まって、本来は土用で終るとしたものじゃ。
なぜなら、土用を過ぎると波が荒くなり、海月(くらげ)が出る。最近では潮の加減というか、温暖な海水が岸の近くまで流れ込み、えらく海月が巨大化しておる。一メートルを超えるものもかなり出るらしいぞ」
両手を広げて、(少々誇大表現気味に両腕をこれでもかと広げて、)説明を続ける老人であった。自分が地雷を踏んだとも気付かずに。
「ふーん、海月って刺されると駄目なんだよね」
「腫れたり、運が悪いと神経毒でしびれたりする。果ては意識が混濁して、命にかかわる事もある。そうなったら、即刻病院行きじゃな」
「恐いよ。じいちゃん」
「まあ、気を付けておればめったに被害には合わん」
「・・・・・・」
「それに、犬夜叉がそばにいるではないか。草太は大丈夫じゃ」
「うん」




ふたりの会話を聞きながら、考え込む犬夜叉であった。

(巨大化?神経に毒?意識が混濁?それって危ねえんじゃないか。
じじいが言う巨大化って、五尺(約一メートル五十センチ)をゆうに超える。もしかすると、それって妖怪に変化した奴なのか・・・ほかにもいるんじゃねえか?
以前、肉付きの面とか、タタリモッケとかとかもこっちにいたし、いざとなったら俺がこいつらを守る!)

まとはずれの結論を導き出し、愛刀に誓う犬夜叉である。


「おい、じじい。俺がついてるから、でえじょうぶだ。草太は俺が守るからよ!」
「おお犬夜叉、頼りにしておるぞ。もっとも海にいる妖怪は、海坊主とかだがな」

思わず、調子に乗って、老人は想像上の妖怪の名を上げる。
「おい!海坊主って?そんな奴もいるのか!どんな奴だ?」
「あ、僕知ってる。海坊主ってね、突然足を引っ張って、溺れさす妖怪だよね。前に本で見たよ」
「そうじゃ、草太はよく知っておるな。その通りだ」
「ほかにも、舟幽霊とか、人魚とか、海鳴り小坊主とか・・・・・・」
犬夜叉が本気で警戒しているとは露知らず、ふたりで妖怪談議を続ける。

(こっちの世界にも、色々といるじゃねえか!)



「さあ兄ちゃん、もう一泳ぎしようよ」
「おうっ」
草太の呼びかけに、少し緊張した面持ちで愛刀を握ったまま立ち上がる犬夜叉であった。
「兄ちゃん、駄目だよ。それは置いていきなよ」
「これがねえと、いざって時に何もできねえし、何より俺が落ち着かねえんだ」
「う―ん、兄ちゃんの気持ちは分からなくないけど・・・・・・」
心に思う心配はそれぞれである。

「これ犬夜叉、わしがちゃんとそれは見張っててやるから」
「そんな問題じゃねえんだ。こいつと俺は一心同体だからよ」
先ほどは老人に包みを預けて海に入ったのである。
信頼がない訳ではない。犬夜叉が分身の愛刀を手放さない気持ちも理解できる。
「仕方がないやつだな。それじゃあ、この紐で包みのまま背中に背負っていけ。くれぐれも抜くんじゃないぞ」
「分かってくれたか」

お互いすれ違った思いには気付きもせず、老人が残る浜辺のパラソルを後にする。
「あっ、砂がすっごく熱い。火傷しそうだよ」
「おめえ、柔(やわ)だなあ。こんくれえ、てえしたことねえぞ」
「兄ちゃんと一緒にしないでよ」
「ははは」
「ほら、草太。俺が抱えていってやろうか?」
「いいよ。恥ずかしいよ」
素直な笑みが、犬夜叉と草太に浮かぶ。




「兄ちゃん、今度はもっと沖の方まで泳いで行かない?あのブイの、あの赤い印があるとこまで」
「おめえ、そんなに泳げるのか?まあ、潮が引いてだいぶん浅瀬になって来てるけどよ」
「大丈夫。それにいざとなったら、兄ちゃんが一緒だから安心なんでしょ?」
「そりゃそうだけどよ」
自分に、素直に信頼を寄せる草太の言葉が気恥ずかしい。犬夜叉は照れ隠しにぽりぽりと頬を引っ掻いてみる。

(かごめみてえなこと、言うなよな)



二人で沖に向って泳ぎだす。
草太はマスターしたばかりのクロールで。
犬夜叉は――、
どうやら、海で泳ぐという習慣はあまりなかったようだった。
しかしながら、さすがは身体を使うことに長けた犬夜叉である。
盛大にしぶきが上がる。
ばしゃばしゃばしゃ。ばしゃばしゃばしゃ。がしゃ。ばしゃばしゃばしゃ・・・・・・。
派手な水音のわりに、少しずつしか進まない泳法は、ある意味、並外れた身体能力を誇る彼らしくはなく、ある意味、これほど彼に似合うものはない「犬掻き」。
徐々に、隣を泳ぐ連れの少年に遅れを取る。

(あいつ、早えじゃねえか。小せえくせによ)

未だ、自分と草太との泳ぎの違いに気付かず、ばしゃばしゃばしゃ。
ふたりの距離はどんどん開いていく。

(どうしてあいつの方が、早いんだ! )



海に来る途中、草太が語ったあの泳法――くろうる。
心によぎるあの言葉。
『泳ぎ方でね、後ろから前に手をぐるぐる回してね、足をバタバタさせる、スピードが出る泳ぎ方だよ』
犬夜叉は実践で学ぶ、努力の男。


(こうか?こうか?)
びちびち、ばしゃばしゃ。びちびち、がしゃがしゃ。・・・・・・ザザッ、ザザッ。


鉄砕牙を背で鳴らしつつ、徐々に犬掻きがくろうるへと変貌を遂げる。
問題は、顔を水につけないので、微妙に無様な姿ではあるが・・・・・・。
まあ、犬にとって大切な鼻を濡らすわけにはいかないであろう。





突然、前方を泳ぐ草太の水しぶきが止まる。
「ん?」
沖合いの赤い浮き――ブイの周りに浮かぶ半透明の何か。
「に、に、兄ちゃん・・・」
犬夜叉の耳に草太の動揺を含んだ声が聞こえてくる。
潮で鼻が鈍くなっている。
妖気も定かではない。

だがしかし、
ブイの周りに浮かぶ半透明の巨大生物。
草太の危機!



「草太―――!」
危険は、犬夜叉にいつもの臨戦体勢を思い出させる。
いつだって、真剣勝負。はた迷惑な猪突猛進。
かろうじて足が付く海底に足を下ろすと、分身を包む布袋を空へと放り上げる。

確かに、誰の目にも留まってはいなかった。
次に、犬夜叉の口から放たれた言葉は、
「風の・・・・・・傷―――――っ!!!」
映画で見るように海が真っ二つに割れ、大波が周囲を襲う。
「きゃ――――――――っ!!!」
「一体何事だ!」
海水浴場には、悲鳴と恐怖の叫びが飛び交った。

「草太、でえじょうぶか!」
「に、兄ちゃん・・・」

確かな足場を求め、犬夜叉は草太を小脇に抱えて手近な岩場までひとっ飛びする。






「もう、でえじょうぶだ。安心しな」
「・・・・・・」
犬夜叉に抱えられたまま岩場へと運ばれた草太は、安心どころか、この後の事態をどうしたらよいものかと途方にくれる。

「ありがとう・・・犬の兄ちゃん」
「おう、何だって俺に任せろ」
「あっ・・・・・・、は、はい」


それ以上の言葉は続けられはしない。
草太は波間を漂う海月(くらげ)にびっくりしただけで、これほどの大騒ぎになるとは思いもよらなかった。
(どうしたらいいんだろう。まずは、変化した刀を元に戻してもらおう。
そして、袋にしまってもらって・・・・・・)

ゆっくりと振り返った少年の瞳に映ったものは、





















ざぱ〜〜〜〜〜〜ん。

岩に打ち寄せ砕け散る波涛をモノともせず、愛刀を手にした犬夜叉。
太陽の光を受けて輝く妖刀を携え不敵な笑みを浮かべる半妖の少年は、次なる巨大な敵を警戒して隙なく身構える。その姿に一部の隙もない。ぐっと踏ん張る両の下肢は、のびやかにしなやかで美しい。頭上には、時折ピコピコと動く犬耳を戴き、白銀の髪が光と波しぶきを弾いて煌いていた。
そして、股間には潮風を受けて、紅い褌の前垂れがひ〜らひら。

草太を危険から守りきった誇りに、瞳をきらめかせ、口許から牙を覗かす犬夜叉は、何処から見てもヒーローで、とてもかっこ良い。とてもかっこ良いのだが・・・・・・。

カモフラージュのための袋も、犬耳を隠すバンダナも、騒ぎの折に大海原のどこかへと消え去り、頭の先からつま先まで、紅い布で覆われた腰周り以外、あます所なく生まれたままの半妖の姿を晒していた。



「兄ちゃん」
「何だ?」
「・・・・・・本当にありがとうね」
「おうっ」
不敵に微笑む朴念仁の犬夜叉は、草太の気苦労と心配には思いもよらない。

(耳どうしよう・・・・・・。 刀、どうしよう・・・・・・)

思い悩むのは草太の仕事。
彼もまた、老人の孫であった。








結局の話、犬夜叉は大剣を握り締めた勇者のコスプレイヤーのフリをさせられたらしい。
つまりは、『素』のまま。
確かに、日本刀よりも危なくは見えなさそうである。

(ねえちゃん、尊敬するよ。
 兄ちゃんとこっちで平和に過せるなんて、まさに、ねえちゃんの愛そのものだよね)



浜辺でその日の災厄を全て孫にかぶせた老人は、この日一日の安息に身を任していた。
老人の安寧な幸せは、この日まで・・・。







「なあ、草太。こっちの海もけっこう楽しいな。今度はかごめも誘って来ようぜ」
「あはは、暫くは僕は忙しいから、今度はねえちゃんと二人で来なよ。ねえちゃんなら、きっと手放しで喜ぶから」
「えっ、二人で・・・」
「うん。ねえちゃんなら、きっと何だって上手くやるからさ・・・」
「そ、そ、そっか?かごめは喜ぶのか?」
「うん。ぜひとも二人だけで!」

姉の強い忍耐と深い愛情に、つくづく篤い敬意を抱く、草太であった。

(僕には、やっぱり犬の兄ちゃんはフォローしきれないよ・・・)








災厄を御しうる巫女が帰るまで、あと一日。











そして、せみ時雨の中、救いの巫女が玄関の扉を開く。

「ママ、みんな、ただいま。犬夜叉、大人しくしてた?」
「お帰りなさい。かごめ。疲れたでしょ?」
「お帰り、ねえちゃん!帰ってきてくれて嬉しいよう!」
「おお、やっと帰ってきてくれたか・・・。かごめ」
「かごめ、遅えぞ!俺を信用してなかったのか。何にもねえに決まってるだろ」


「かごめ。犬夜叉君ね、神社のお手伝いに、草太の宿題のお手伝いに、とても頑張って協力してくれたのよ。とっても助かったわ」
朗らかにママが答える。
「へーっ。犬夜叉、みんなの役に立ったのね。ありがと」
「へん。てえしたことねえけどよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

前日海での尻拭いをした少年と、本日盆栽を踏み潰された老人に感謝を語る台詞はない。



「そうそう、私が行ってた浜辺の近くで急に海が荒れたって話があったよ。なんでも映画のSFXみたいに海が割れたんだって。被害は何もなかったっていうし、わたしも見たかったな。こっちでもニュースとかやってなかった?」

「ない!」
ひとことで言い切る草太と祖父であった。














ここはかごめの部屋。
背後のベッドに当然の如くといった風情で寝ころぶ犬夜叉に、かごめはふと思い出したかのように椅子から振り返って問いかける。
「ねえ、私がいない間、本当に退屈してなかった?それとも、あっちに帰ってた?」
「いや、大して退屈なんてしてねえぞ。それなりに、こっちでもすることがあったしな」
「へーぇ、何やってたの?」
「じじいの虫干しの手伝いとかな」
「そうなの?じいちゃんを手伝ってくれたんだ。ありがとね」
「てえしたことねえよ。ところでさ、向こうに帰る前に、こっちの『海』とやらに行かねえか?」
「えっ?」
暫しの沈黙の時が流れる。

「どうだ?」
「犬夜叉、すっごく嬉しいけど、向こうに急いで帰らなくてもいいの?」
「まあ、一日くらい遅れたって今更変わりはねえだろう?」
「う、うん」
二人でにっこりと視線を絡ませる様は、まるで恋人たちの展開を予感させる。








かごめは勉強机の椅子を離れ、背後のベッドへと腰を移す。
ぎしっ。
犬夜叉とかごめの距離は三十センチ。今にも指が触れそうになる。
柔らかな空気がふたりに漂う。
かごめは、仰向けに寝転ぶ犬夜叉に、覆い被さるようにして問い掛ける。
「ねえ、でも何で海になんかに行く気になったのよ」
ふわりと甘く香る髪が、犬夜叉の鼻をくすぐる。
「草太の奴が今度はおまえを誘えってな」
「今度は?」
「そっ」
「そういえば、草太もあんたもじいちゃんもいい色に焼けてたわね」
「おうっ。昨日草太とじじいと一緒に海に行ったんでぃ。草太の奴が今度はおめえを誘えってよ」
「昨日?」
「へんっ。おめえの近くの海までな」

かごめは、頭の中に散らばるパズルが瞬く間に組み上がって行くような錯覚を覚える。そして、最後の一ピースを嵌めるべく、一つの質問をする。
「犬夜叉、もしかして、あんたそこで何かやった?」
「別に、いつも通りだぜ」
「いつも通り?」
「ああ、巨大クラゲがでたから、俺が退治してやった」
「・・・・・・」




かごめは無言のまま、すっくとベッドから立ち上がる。
そして、大きく息を吸い込んで、呼吸を止める。



「おすわり――――――!!!」

ズキュー――ン!



「かごめ・・・、俺、何かおめえの気に触ること、やった・・・か?」
ベッドのスプリングがクッションになったとはいえ、罪の自覚もないのに、喰らった言霊に怒りと疑問を挟むのは当然だろう。


犬夜叉に悪気がないのは自明の理。
ただ、こちらの世界では、やっても良いことと悪いことがある。
犬夜叉には、そのしつけが必要である。



ただし、犬のしつけはその場で直ぐにが基本である。
後日のしつけに、効果なし。






「おいこら、かごめ!何でなんだ?」
犬に、今更のお説教は効果があるものだろうか。




犬のしつけはその場で直ぐ。
後日のしつけに、効果なし。




ただし、犬夜叉の半分は人。そこら辺りに期待して、かごめは次の言葉を繋ぐ。

「あのね、犬夜叉。こっちではね・・・・・・」
白銀の戦国犬のしつけは、飼い主たる時を渡る巫女の仕事。









その後、二人が海に出かけたかどうかは、また別のお話・・・。







− 了 −





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(初書き2005.09.27)
何だか、無意味に前振りが長いお話になってしまいました。
ついで、何が書きたかったのか、分からなくなりました。
犬かごの甘さが全くない点も、ごめんなさい。

誰が喜ぶんでしょうか?・・・この話。_| ̄|〇
ひとまず、minさんごめんなさ〜〜〜い。><

ただ犬君がお腰に付けているのは、絶対に「(紅い)ふんどし」だと!
いう熱い想いだけが注ぎ込みたかっただけなんですよ。私。(TT)
私、絶対に「犬君は赤フン」派なんです。

お話の中で犬君が付けているのは、「前垂れ六尺褌」を基本に前袋(まえぶくろ)を二重にしたもので、
水褌(すいこん):水泳用褌と呼ばれる褌の 一種です。^m^
個人的には、前垂れなしの前袋二重派なんですけど〜〜。(^m^)/ぺシペシ
「もっこ(ふんどし)」「黒猫(ふんどし)」というのもフンドシの種類です。
・・・こちらは、マジでマイクロビキニみたいな面積極小の紐パン褌です。(笑)

※「犬君=犬掻き」の設定は、こちらの作品より先に犬掻き犬君作品を発表された
 「禁域の森」ちね様にきちんとおことわりと承諾を頂いております。

※文中に挿入させて頂いた”文字なし版ふんどし犬君”イラストは、
 こちらでの掲載のご許可をminさんよりきちんと頂いております。
 合わせて当サイトより、こちらの文字なし版作品を勝手にお持ち出ししないようにして下さいね。

『ふんどし犬君〜波涛に吼える!〜』 min様





【Iku-Text】

* Thanks dog friends ! *

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