『七宝 ピンチ!』 〜イメージSS『野望』〜  






  『 野望 』  〜 その1 〜




「あっちい ・・・・・・。
何でこんなに暑っちいんだ?」


ぎらぎらとした輝きと熱い息吹を、大地へと吹きつける金色の 太陽。
突き抜けるような青空に湧き上がる 入道雲。
そして、煌く水しぶき。

秋は立ったというけれど、間違うことなき 今は夏。
形容詞なんて付けると、ますます暑さで蕩けそうな 夏真っ盛り。


照りつける夏の重たいほどの陽射しの中、
村外れの小川に向う道すがら、まだ幼い少年が先ほどの一言をつぶやく。


暑い昼日中、少年の脳裏に浮かぶは、先日口にしたばかりの夏の涼果。
真っ赤な果肉は瑞々しくも甘く、舌触りもシャリシャりとして、
その喉越しは一瞬、暑さを忘れる至福をもたらす。
口いっぱいにほおばる想像をするだけでも、生唾が溢れ出す。

「美味かったよな。
 もういっぺん、食いたいよな。
 ・・・・・・ あれ」

瞼瞼に浮かぶ幻でさえも、手にとって食らいつきたい衝動に駆られる。

「自分は三切れ”も”食べたくせして、俺には二切れ””止めとけだと?
大人って、ずるいよな。
直ぐに身体のでっかさを見せびらかしやがる。
早く大きくなって、三切れよりたくさんの四切れ食ってやるぞ!」

手を拳に握ってまで誓うのは、何ともはやな 幼い野望。
真に微笑ましい話である。


小川に着くなり、少年は袴の裾端を膝上までたくし上げ、
カモシカのようなその素足を清水に浸す。
いっそ、衣の全てを脱ぎ捨てても良さそうなもの。
「暑い」とぞんざいな物言いをしつつも、
襟元まで隙なく身支度を整えている辺り、その躾の良さは中々である。
口の悪さも、実際の話、わざとやっているとも取れる辺りが微笑ましい。


「気持ちいいっ!」


今日は『乞巧奠(きつこうでん)』
元々、少年が住まう片田舎の村では、そんな雅な風習はなかった。
いや、かつてはなかった。
『種播祭り(たなばたまつり)』という豊作を願う祭りはあったものの、
今でいうお稽古事の上達を願ったり、夢を願う『七夕祭り』というものはなかった。
そこへ、最近になって移り住んできた母によって雅な祭りが持ち込まれたのである。

ある程度の年に達した者達は、今宵の楽しみである祭りの準備に刈り出され、
普段一緒に過す者たちも手伝いにおおわらわ。
幼さゆえの一人きりの時間である。


「今夜の星祭には何をお願いしよう ・・・・・・」

涼みながら想いを馳せる。




「うーん、三切れ に挑戦! 」

拳を握って宣言するには、あまりに可愛らしい野望である。
せめて、「手習い」だとか、「鍛錬」だかの上達の目標といいたい所だが、
幼さに免じて笑って済ませられる願いだろう。
問題は幼さゆえに、それすらも叶えられるかどうかも微妙な願いである。



小川のせせらぎが涼を運ぶ。
幼さのうちにも、心の安らぎが健気さを生む。

「さあて、
俺も何か手伝ってこよう! 」

お手伝いも喜びの内。
白銀に煌めく髪をふっさりと揺らし、金の双眸を閃かせ、村へと駆けて行く。




「僕にできる仕事ある? 」






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  『 野望 』  〜 その2 〜




「あつい ・・・・・・。
何でこんなに暑いんじゃ? 」

ぎらぎらとした照りつける 真昼の太陽。
嫌になるほど晴れ渡った青空に湧き上がる 入道雲。
そして、せわしいく鳴くセミの大合唱。

秋は立ったというけれど、どう考えてみても 今は夏。
情景を描写すると、ますます暑くなりそうな 夏真っ盛り。

照りつける夏の重たいほどの陽射しの中、
村から程近い小川に向う道すがら、まだ幼い少年が先ほどの一言をつぶやく。



今日は『乞巧奠(きつこうでん)』
ある程度の年に達した者達は、今宵の楽しみである祭りの準備に刈り出され、
普段一緒に過す者たちも手伝いにおおわらわ。
幼いとはいえ、こちらの少年にもその手伝いが望まれていた。
ただ、小さな身体ゆえに、身体に熱が篭る。

暑い中、少年の脳裏に浮かぶ幸せは、眼前に煌めく清水の冷たさ。
素っ裸になって、その身を浸していたいと。
夕闇迫り、夜風が涼を運ぶその時まで ・・・・・・。

「さて、どうしたもんじゃろう。
少しだけならいいじゃろう? 」

何ともはやな怠惰な野望を胸に、
少年は小川で涼を取るべく衣も袴も脱ぎ捨てて、細く華奢な足から清水に浸る。

「気持ちいいぞ! 」




小川のせせらぎが涼を運ぶ。
ひんやりとした幸せに身を浸していると、心は更なる欲望を生む。
幼いとはいえ、頭も冴える。
普段より、賢いとの誉れもある。
涼みながら想いを馳せる。

「さて ・・・・・・」

一度手に入れた至福の時は、中々手放せはしない。
どうしたら、見咎められずに夕刻まで過せるかとの思いをめぐらす。

「そうじゃ、この手があった! 」

得意の技をもって、翡翠の双眸を閃かせ、ほくそえむ。


「これなら、大丈夫じゃ! 」






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  『 野望 』  〜 その3 〜




「僕にできる仕事ある? 」

瞳を煌めかせ、素直な笑顔でそう問い掛けながら我が家の戸口を潜る。
にっこりとした微笑を求めてそう言ったものの、目指す人物は居ない。


「くんくん」

それでも、生来の性(さが)をもって、行方を探す。

「こっちだ!」

当代の村の巫女の庵を目指す。

「ばあちゃん、かあ様居る?
僕も何か手伝いたいんだけど」

ひ孫のような少年に目を細め、老巫女は苦笑する。
寄る年波がじわじわと忍び寄りつつあるものの、まだまだ元気ではある。
最近では、少年の母に少しづつ巫女の仕事を伝えている。

 本来であれば、巫女というものは未婚で潔斎を要する。
 ただ、次代の巫女と定められた少年の母は、
 子を成そうが持てる霊力を衰えさせるものではなかった。
 村の者たちも、形以上に本質を認める心の大きさを持ち合わせていた。
 厳しく、そして精一杯の努力で日々を生き抜いた者達への信頼である。



「おまえ、まずは挨拶だろうが。
そんなところは、おまえの父親にそっくりじゃ」

「はーい。ごめんなさい。
ばあちゃん、こんにちは!
で、かあ様は? 」

「素直じゃな。そんなところは、母親にそっくりじゃ。
おまえのかあさんは、上の祠の前で祭りの準備を取り仕切っておる。
行ってごらん」

「はあい。じゃあね」

とにっこりと声をかけ、小走りで駆け出していく少年の後姿を嬉しそうに眺め見送って、
老巫女は傍らで眠る幼子を愛しむ。


とんとんとん ―――。
息も切らさず駆け上がった祠の前には、たくさんの女子(おなご)たちが集い、
白衣に緋袴をまとった母を取り巻いて、お供え物の準備に余念がない。
暫し、美しく優しい母に見惚れる。

「あら、どうしたの?
おまえは小さいから遊んでていいのよ」

「かあ様、僕も何か手伝いたい! 」

瞳を煌めかせ、少年は元気に宣言する。






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  『 野望 』  〜 その4 〜



「そうねえ、お供え物を川から持ってきてくれないかな? 」

「お供え? 」

「そう、おまえの大好きなアレもあるわよ。
今は小川でいくつか冷やしてあるの。
そろそろ、こちらに並べたいのだけど、今、誰も手が離せないのよ。
・・・・・・ おまえにお願いしても大丈夫かな? 」

そういうと、少年の母はにっこりと微笑む。
大好きな母に頼まれたのである。
その嬉しさに、その誇らしさに、少年の瞳はきらりと陽の光を弾く。

「よし! 」

「全部でアレは七つあるわ。皆で夜にお下がりで食べるんだから、
割らないように、宜しくね! ・・・・・・って、もう行っちゃったわ」

最後まで話を聞かずに石段を駆け降りて行く少年に、
少しだけ不安を覚えつつも、苦笑する。

小さいなりに、妙にしっかりした所もある。
任せても大丈夫だとの確信が、実はある。
幼い少年を見送る瞳には、父譲りの信頼が映る。




「ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なな、やつ」

石で流れをせき止めた小川の一角に、緑と黒に彩られた大きな果実が全部で八つ。
他にも、瓜、なすび、きゅうり、茗荷(みょうが)だのといった夏の野菜もいっぱいある。

手にした竹の大きな籠に、一つづつ野菜を移していく。
目の前には、清水のしずくをぽたぽたと落とす数々のお供え物。
少年には、母に任された信頼に応えなければという決意がある。
夢にまで見る西瓜であっても手出しはしない。

だけど、暑い夏の昼下がり。
目の前には、ひんやりとした清水のしずくを煌めかせる夏野菜。




艶々として、ひんやりとした「きゅうり」に手を延ばす。
蔕(へた)をけしっとかじり取って、食べたい衝動に駆られる。

「いけない、いけない」

我慢するべく首を振ってみるが、「ごくっ」と喉が鳴る。



すぐさま、籠に移せばいい。
手にしたものを籠の中に手放せばいい ――― だけのこと。


何も考えず手放せば ――― いいだけの話。





そこは、子供のこと。
お供えだろうと、何だろうと、欲望は止まらない。


「これ、1つくらいならいいよね」

じっと見詰め、衝動に身を任す。



ぱくん。




ぽりぽり。




「うんまい! 」

思わず、満面に笑みが浮かぶ。
先ほどの逡巡(しゅんじゅん)は何処へやら。
「さてと、かあ様のお手伝い」

籠に一抱えの夏野菜を抱えて、村の祭壇まで一往復。
次に、ずっしりと重い西瓜を一つ。

「ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なな、やつ。
まずは、こいつから」

川の清水から両手で抱え上げ、村の祭壇まで運ぶ道すがら、
与えられた仕事に誇りを持った少年の腕の中で、
引きつるほど芯まで冷え切っているのは、ひときわ大きく艶やかな西瓜。

(ひょえ〜〜、どうしたもんじゃろう。今更さぼっていたとは言えんぞ! )




流れる冷や汗を気に掛けてももらえず、
祭壇の水桶に本物の西瓜と一緒に並んで、
どうしたもんじゃろうかと一計を案じるのは、
惰眠をむさぼるうちに、逃げ出す機会を失った
既に仕事免除の年をはるかに越えた子狐妖怪であった。

姿形は幼かろうと、齢を重ねたその事実。
真の幼児さえ手伝いをする中、その怠惰に弁解の余地はない。

さてさて、どうしたものだろう。






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  『 野望 』  〜 その5 〜




「おいっ、眠っちまったか?そろそろ祭りが始まるぞ」

うたた寝をする少年に声をかけたのは、同じ血を感じさせる青年。

うっすらと瞳を開けた、夢うつつの少年の目に映ったのは、
白銀の髪を吹き抜けていく涼風にさらりとなびかせ、金の双眸が夕日を弾く笑顔の父親。

「とうさん ・・・・・・」

「おまえ、頑張ったんだってな。
聞いたぞ。自分から手伝いがしたいって。
そして、供え物を何度も往復して全部一人で運んだんだってな。
偉えぞ」

大きな手で頭をくしゃっと鷲掴みされる。
耳を触られるとむずむずするのは、父も同じだからされはしない。
いつもは、口さがないことを言ってはいても、
少年にとって父は大きな憧れである。
そんな父に誉められたのである。
ぎゅっと抱きしめられた腕から、嬉しさがこみ上げる。


「ところでさ、西瓜が一つ多くて胡瓜が一本足りねえって、かごめが言ってたけど、
おめえ、何でか知らねえか? ううん? 」

にんまりと全てを見通したような瞳を前に、
たらりと冷や汗が流れる。

「怒らねえからよ。
ちゃんと、言ってみな」

「食べちゃった。
胡瓜が食べて欲しそうな顔してたの。
でも、西瓜って、川に八つあったよ」

誉められたという想いは、認められたという自信は、心に素直さを呼び込む。


少年の父は、正直な返答に苦笑しつつ目を細めた。

「そうか。へえ、やっぱりそうなんだ」

その意味深な台詞と視線に、思わずどきりとする。

「と、と、父さん、ごめんなさい」

「怒ってねえよ。正直に言ったら怒らねえって言ったろ。
まあ、黙って食うのは盗みだから、二度とするなよ。
ただな、飽きれてるんだ。
おめえでさえ祭りの準備を手伝ってるのに、いい年したあいつの根性にな」

「えっ。あいつって? 」

「西瓜に化けて姿をくらませて、仕事をとんずらしやがったんだ」

「七宝のあんちゃん? 」

「そう、どんな顔して正体顕(あら)わすんだろうなあ。
まあだ、あそこに居るぜ。あいつ」

少しばかり意地悪気な視線を送る青年と、
心配気な面持ちの少年の目線の先には、祭壇に鎮座する大きな西瓜。
その事実を鼻と目で確認する二人である。

「まあ、それはそれで、その時のお楽しみ!
悪いようにはならないさ。
それよりも、おまえも みんなの所に行って来い。
待っててくれてるぞ」

「うん! 」






かがり火の向こうに、遥か昔に亡き母と遠くから眺めた『乞巧奠(きつこうでん)』
を思い出す。
その姿形(なり)ゆえに疎まれ、その出自ゆえに蔑まれ、
祭りごとを遠目よりうかがうより他ならなかった幼い日々。
すまなそうに詫びる母の愁いを帯びた顔が、寂しさ以上に胸に痛かった。


我が子を送り出した青年は、今、笑顔で祭りに身を浸す。

祭りそのものに興じるには、相変らず少しばかりの戸惑いを覚える。
それでも、優しいゆったりとした空気の中で、場を愛でている己に気付いて苦笑する。

今は、騒がしさの日々に幸せを実感する。







「七宝の奴、とっとと謝っちまえばいいのにな」





――― さてさて、顛末はどうなることやら。











− 了 −



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(初書き2005.08.08/改訂2005.08.23)
当オエビにお連れ下さったりうこ様の暑中お見舞いのちびちゃん、
タイトル「七宝ピンチ!」の賢そうなちび犬君を見ていたら、書きたくなったお話です。
こちらは、暑中お見舞いSS「極上の笑顔」後日談です。(笑)
それはそうと、おおきい犬君てば、すっかり「おやじ」です。(^_^;A
萌え要素が果てなく低空飛行で、ごめんなさ〜〜〜い。
そういう私は、親父な犬君が好きなんです。><
8月7日は立秋ということで、残暑お見舞い申し上げます。m(__)m

ところで・・・七宝ちゃん(実はこのお話の影の主人公?)てば、一体どうやって切り抜けたんでしょうか?

=『乞巧奠(きつこうでん)』と『七夕』について=
『乞巧奠(きつこうでん)』は、平安貴族の時代から続く七夕祭りの原型とも言われる行事です。
実は、戦国時代には、今で言うところの『七夕(しちせき・たなばた)』はまだなかったんですね。
一方、古くから農村地域では、豊作を祈り種を撒く「種播祭り(たなばたまつり)」が存在してまして、
宮中で行われたいわゆる七夕の原型「しちせき」が民間に広まった時に混同され、
「たなばた」と呼ばれるようになったとも言われてます。
実際に「七夕祭り」が広まったのは、平和になった江戸時代からですね。

イラスト「七宝 ピンチ!」より





【Iku-Text】

* Thanks dog friends ! *

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