夏の挨拶なり。
ちりん、と風鈴が鳴った。
風鈴――それは、かすかに渡る風によって生み出されるその涼やかな音色で、うだるような暑ささえも“涼”と変える夏の風物詩。それでも、「暑いものは暑い」と、誰もが胸元も肌蹴させ、素足を晒したくもなる暑い夏の昼下がりのこと。
夏の風物詩は他にもあった。
いつの間に置かれたものだろう。濡れ縁の端に一抱えほどの風呂敷包みが目に入った。
「誰だ? こんなものをよこすやつは」
そう口にしたのは、眉間に十字の刺青を持つ、まだ年若い少年。
名を蛮骨という。その名も有名な武装集団、七人隊の首領であった。
蛮骨は、とある領主の客人として、仲間と共にこの小さな離れの屋敷を一時の棲家としていた。この屋敷には、七人の仲間の他には、近々隣国と戦を始めるはずの領主の伝令以外、立ち寄りはしない。そんな理由から、蛮骨はさしたる警戒心も見せず、団扇(うちわ)を片手に、風呂敷包みの結び目をひょいと持ち上げた。
――カタン。
「……」
さすがというものである。
「この音、この重さなら、火薬玉とかじゃねえな。蓋を開けたとたんに、ドカン! ってのはたまんねえからよ」
包みの中身を、五感を持ってして、さり気に吟味することを忘れない。だからこそ、その腕っ節が理由というだけでなく、最年少の身でありながら大兄貴と仲間の誰もが敬意を込めて呼ぶのであった。
用心深く風呂敷を解くと、中からは一通の書状と木箱が現れた。
書状には、さらりとした美麗な筆致で、次のようにしたためられていた。
「何々、こいつはこいつは……」と、蛮骨はその書状に目を通す。
『大兄貴、蛮骨殿
盛夏暑中の御見舞い申し上げ候。
この書状と同梱せし中元、
拙者、心よりの夏の挨拶なり。
何卒、お納めあれ。
煉骨』
書状には、『煉骨』との署名がある。
その文字にも、見覚えはある。
「煉骨、あいつからの品なら、危険はねえな」
煉骨直筆の署名の入った書状に安心して、蛮骨は箱にかかった紐を解く。
火薬を専門に扱う煉骨であっても、仲間であること、そのことこそが、何よりも蛮骨の無条件の信頼に値した。七人の仲間。それに勝る信頼はない。
中より現れたものは、薬草を練り固めたらしい深草色も鮮やかな渦巻状の線香と、それを収めるのにちょうど良い素焼きの陶器。
蛮骨は、木箱の側面に視線を落とす。
『霧骨』と読める。
「煉骨のやつ、何考えてやがんだ? 今度、霧骨がこんなものを作ったって、報告の意味か? へっへっへっ。それにしても、この焼き物は霧骨のやつに良く似てらあ。近目で見るもんじゃねえな。こりゃあ。ははは、霧骨が作ったものなら、こいつの煙を吸ったらそのままあの世にいけそうだよな。いや、真近でこの素焼きを眺めるだけでも、この造作であの世行きかもしれねえけどな」
蛮骨は、渦巻状の線香を手に取り、鼻を近づけてみる。
「この匂いは……特に、毒じゃねえみてえだ」
蛮骨は線香に火を付けてみる。
「お〜〜〜っ、蚊遣りの線香か。いいじゃねえか。夜になるとあっちこっち喰われて、痒くてたまらんからな。さっすが、霧骨製だ。良く効くじゃねえか!」
ぽとぽとと、瞬く間に飛び交う蚊をいぶり落とすその成果に、蛮骨は満足の笑みをひらめかす。
「それにしても、一体、何のつもりでこんなものをよこしやがったんだ? 煉骨のやつは。さっきも、顔を合わせばっかりなのによ、手渡せばいいじゃねえか」
蛮骨は、再び、床に広げた書状に目を向ける。
「……。それにしても、煉骨のやつ。俺に字が読めると思ってるのかよ」
紙を指先で拾い上げると、もう一度、眺める。
「やっぱ、読めねえや。煉骨からの書状ってのは分かるが、何が書いてあるかさっぱり分らん。まあ、箱書き見ると、こりゃあ霧骨んだよな。『霧骨なにがし〜』って、書いてあっからよ。さ〜て、そんじゃ、“霧骨”のやつに礼を言って来るか」
そう口にすると、蛮骨は早速腰を上げた。
蛮骨は、男気のある男である。その行動は素早い。
賄賂を好むというわけでは決してない。それでも、真っ直ぐに向けられた好意は真正面から素直に受け取り、その思いにきっちりと応える男であった。だからこそ、その器の大きさからも仲間の敬意を一身に受ける。
蛮骨の住まう部屋の濡れ縁に、先ほどの霧骨を模した見苦しい造作の“蚊遣り豚”を置いた煉骨は、そわそわしながら蛮骨の訪問を今か今かと待っていた。
「大兄貴に俺の気持ちは届いたかだろうか。これで、兄貴への俺の誠意も伝わったはず…」
その空しい誠意の空振りが、のちの反逆に繋がったとか、繋がらなかったとか…。
- 了 -
初出 2004.07.12 / 改訂 2007.12.09
ちね様「お中元」より
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