『 甘えん坊 談議 』





「ねえ、あんちゃん。うちの父さんって、甘えん坊だと思う?」
「はあ?おまえ、どうしてそう思うんじゃ?」

最初に問いかけたのは、金色の瞳をした小さな少年。
改めて、質問を投げ返したのは、栗毛色に煌めく髪を頭上で青い小布で結わえた、
その顔つきからいっても、先の少年よりも年長だと伺える、やはり小さな少年である。

それは、秋らしさを覚える清々しい青空の下、村外れの小高い丘に寝そべって、
ふたりして蜻蛉と指で戯れつつ、ふいに始まった会話だった。


「父さんてば、俺には 『おまえは甘えん坊』 って言うくせして、
 自分だって母様(かあさま)には弱いんだよ」
「確かに。あいつはおまえの母さんには弱いな。
 もっとも、あいつは 『そんなことねえ。違う!』 と言い張るじゃろうけどな。
 人前では、亭主関白な振りをしているようでも、
 その実、あいつは昔っから、首根っこをぐっと押さえ込まれておった。
 何だかんだと言いつつ、それに幸せを感じる奴なんじゃ。あいつは」


子どもがする会話というには、やけに大人びた言葉が混ざっている。

「ねえ、あんちゃん。"亭主関白"ってどういう意味?」
「・・・・・・」



見てくれ通りの少年と、見てくれを裏切る少年の実年齢には、
実際の話、少なく見積もっても、軽く十歳、いやいやそれ以上の差があった。


「亭主関白か ・・・、夫婦(めおと)の夫の方が威張っているということじゃな。
 おまえのところは、表向きはそういう事になっているだろうが、実際は逆だろ?
 そういうのを " 女房が亭主を尻に敷く " と言うんじゃが、その通りと違うのか?」
「うん。その通り。母様の方がいつだって喧嘩に勝ってる」
「ははは ・・・・・・ あいつら、昔とちっとも変わっておらん ・・・・・・」




屈託のないの笑顔で家庭の秘密を暴露する幼い少年と、
それを見透かし溜息を漏らす少年であった。


「ところで、それとおまえの父親が甘えん坊というのは、話が違うんじゃないか?」








最初に投げかけられた問いかけが、いつの間にやら、話題の焦点となる夫婦の
力関係へとすり替わっていた。

栗毛の少年にとって、それは今更の話で、既知の事実であった。
それよりも、年長の少年にとって、 ”あいつ” と呼ぶ少年の父親が、
子どもの目から見て、 "甘えん坊" と映るその実体に興味が湧く。

栗毛の少年が知っている少年の父は、照れ屋の武骨者であった。
昔、少年の父達と一緒に旅をした頃より、その人となりは熟知していた。
傍から見ても、明らかに少年の母にべた惚れのくせして、妙に義理堅いところがあり、
かつて、心を通じた女性にまで誠意を尽くしていた。
既に過去の話となっていたその女性をほってはおけず、少しでも心安らかにと願い、
いざとなったら命を投げ出すことさえしてやろうという、優しさを通り越した誠意を示した
ものだ。
その一方で、少年の母には、その熱い想いを口に出せぬまま、己の命も顧みず、
降りかかる危険を一身に受けて守り通すという、不器用な愛情を示したものだ。
栗毛の少年は、そんな男気を天晴れとも思ったものだった。
当時、この底抜けの優しさを超えた優柔不断な性格は、 "二股" と酷評されたものである。
それは、 " 三日飼ったら、その恩を忘れぬ " という、さながら犬のような義理堅さであった。

そんな男が、己の息子に "甘えん坊" とまで言われるのである。
それらの全てもが過去の話となって、これでもかというほど不器用で初心な男が、何一つしがらみなく、ただ一人の無二の惚れた相手を真直ぐ見つめることができたあの日、やっと幸せを掴んだふたりに惜しみない祝福の拍手を送ったあの日を思い出す。


――― 確かに、あいつはべた惚れじゃものな。
     そのくせ、恥ずかしがり屋じゃから、表向きは淡々としておる。
     しかし、夫婦となったふたりの間に、こいつが居るということは、
     それなりにそれなりのことはやっておるということじゃ。
     ここはひとつ、あいつらの睦言をさりげに聞き出してみようか ・・・・・・。



「ねえ、あんちゃんは、うちの父さんって、甘えん坊だと思う?」
「その前に、おまえは、どうしてそう思うんじゃ?」








「どうしてって聞かれても、どう言えばいいのか、僕分かんない」

帰ってきたのはこの答。
しょせんは、年端の行かない子どもである。
一つ一つ、その思い立った事例を挙げる事などできはしない。
少年に分かるのは、自分の両親がとても仲睦まじく、
さらには父親が母親に、これでもかと甘えているんじゃないかというような、
 "肌で感じた" と表現するのがピッタリの、雰囲気のような実体のない感覚であった。




あいつらの睦言を一つ一つ聞き出してみようか。





「たとえば、あいつ ―― 犬夜叉は、おまえの目の前で、
 おまえの母さん ―― かごめを抱きしめたりするのか?」
「うん。父さんは、よく母様をぎゅっと抱きしめてるよ。
 それからね、母様は、僕をいつも、ぎゅっと抱きしめてくれるの。
 父さんも、よく僕を抱きしめてくれるよ」

大好きな父母の様子を、少年はにっこりと嬉しそうに語る。

――― おお、犬夜叉の奴、凄い進歩じゃ!
     人目を憚らずに、そんな事をするようになったのか。
     それにしても、思ったより子煩悩な奴じゃな。
     いやいや、抱きしめるぐらいは、昔も、少しはやっておったな。




「犬夜叉の奴は ・・・・・・、おまえの目の前で、
 かごめに好きだとか、惚れてるとか、愛しているとか、口にしておるかのか?」
「うーん、それはあんまり聞いたことない」

首を傾げつつ、思い出そうとする仕草は、とても愛らしい。

――― なんじゃ、犬夜叉の奴。相変らずの口下手なんじゃな。
     惚れた相手に、 「好きだ」 とぐらい告げんでどうする。
     もっとも、ふたりっきりの時には、言っておるかもしれん。
     しかし、あの照れ屋の武骨者のことじゃ、愛の囁きができんのも仕方がない。

     きっと、子供の前では、口付けなんぞしておらんじゃろうに。



・・・・・・ 一応、聞くだけ聞いてみるか。






「犬夜叉の奴は ・・・・・・、おまえの目の前で、かごめに口付けしたりするのか?」
「うん」

――― そ、そ、即答か!
     うぬぬ、侮れん奴じゃ。
     犬夜叉の奴、相変らず「 好きだ」 と言えんくせに、
     子どもの前でも平気で口付けはするのか!


     まあ、あいつは昔から、口より行動に出る奴じゃったからな。




「ところで、犬夜叉の奴は、どれくらいの間隔で、かごめに口付けをしておる?」
「毎日!
 一日に何度も!
 少なくとも、朝と夜はやってるよ」

――― 犬夜叉! まるでサカリがついた犬ではないか!
     毎日、朝晩、日に何度でも ・・・。
     どうやら、弥勒以上じゃな。
     これは予想外の展開じゃ!





――― しかし、何でそれがあいつが甘えん坊という話になるんじゃろう?





「ところで、おまえ、そもそも何で犬夜叉のことを甘えん坊だと思ったんだ?
 今のところ、おまえから聞いた話からすると、
 単に、おまえの両親が仲睦まじいというだけじゃろうが?」
「うんとね、父さんと母様ね、毎晩一緒に寝てるの」
「ふむふむ」


――― まあ、夫婦じゃしな。
     犬夜叉の奴、毎晩かごめを抱きしめて寝ておるのか。
     昔は、ずいぶんと我慢しておったんじゃろうな。
     確かに、昔からそばにかごめがおらんと落ち着かんかった。
     そうか、今もくっついておらんと落ち着かんのか ・・・・・・。




栗毛の少年が思いをめぐらせていると、幼い少年がさらに説明を続ける。

「僕ね、時々、母様と同じお布団で寝たくなって、一緒に寝るんだけど、
 父さんてば、 『大きくなったんだから、いい加減に一人で寝ろ!』 って言うの。
 まあ、母様は笑って一緒に僕と寝てくれるけどね」


――― あいつ、自分の子どもにまで独占欲を発揮しておるのか。
     相変らずじゃ。
     犬夜叉がかごめと仲良くやっておるだけじゃないか。
     しかし、なんで、こいつは犬夜叉のことを甘えん坊だと思ったんじゃろう?



「それで、おまえは、何でおまえの父親が甘えん坊だと思うんだ?」
「だってね、僕と母様が一緒に寝た日も、
 父さんてば、絶対に母様と一緒に寝てる。
 きっと寂しいから、こっそりとお布団に潜り込んでるんだよ。
 僕には一人で寝ろって言うくせに、
 父さんてば、寂しくって母様に甘えてるんだ!」

確信を持って言い放つ少年であった。



――― まあ、犬夜叉はかごめにぞっこんだしな。
     子どものおまえがとっとと眠ってしまえば、
     かごめだって、また起き出すかもしれん。
     そこから、いつものようにというのも分からんでもないな。
     ましてや、体力お化けの犬夜叉のこと、
     あいつは朝がとんでもなく早い奴だった ・・・・・・。
     朝とっとと起きれば、子どもには分からぬな。


――― しかし、それなら、どうしてこんなに確信に満ちておるんじゃ?





「なあ、何でそう思ったんだ?
 犬夜叉の奴がこっそり布団に潜り込んでいるんだと。
 おまえは朝までぐっすりと眠っておるんだろ?
 おまえが起きる頃には、ふたりとも、もう起きてるはずだろうが」


子どもはたくさん眠る。
それは、人だろうと、妖怪だろうと、半妖だろうと変わらない。


「うん、僕、ぐっすり眠ってるけど、分かるんだ」
「どうして、分かるんじゃ?」


――― 確信だぞ!
     おらにも想像がつかんのに、何だって、こんな子どもに分かるんじゃ!



「あのね、匂うの ・・・・・・」
「はい?」


――― 話が見えん!



「父さんから、母様の匂いがするの。
 母様からも、父さんの匂いがするの」


――― おお、さすがに鼻が利く犬夜叉の息子じゃ。
     油断がならん。
     よもや、そこから攻めてくるとは ・・・・・・。



「母様の匂いがね、僕と一緒に寝た日も寝ない日も、いつも同じなの。
 父さんだってそう」
「まあ、おまえの両親が仲睦ましいということではないか。
 おまえとかごめが一緒に寝る日も、
 犬夜叉の奴は、夜眠る前とかに、かごめを抱きしめておるんじゃろ?
 だったら、匂っても不思議はないんじゃないか?」
「そうだけど ・・・・・・」


「まだ何かあるのか?」
「うん。夜より、朝の方がずっと匂いが濃いの。
 だから、絶対、父さんは母様に甘えて、お布団に潜り込んでるんだ!」

「・・・・・・」





――― それってそれって、あの意味か 〜〜〜〜〜〜〜〜?
     毎晩か、あいつら!
     確かに犬夜叉の奴はずっと我慢に我慢を重ねてきたしな。
     それに、何より犬夜叉は、 ――― 体力お化け ・・・ じゃった ・・・・・・。





     はあ、夫婦の秘密を覗き見した気分じゃ。





「確かに、犬夜叉の奴は、かごめに甘えておる。
 おまえが言う通り、毎晩、かごめに甘えておる」
「やっぱり、父さんは甘えん坊なんだね?
 今度、父さんに言ってやろ!
 七宝のあんちゃんもそう言ってたって!」


――― な、な、何じゃと〜〜〜〜〜〜〜。




「犬夜叉が甘えん坊なのは、おらが保証する。
 じゃが、かごめにも、犬夜叉にも言ってはならん」
「なんで?本当なんでしょ?」
「大人の男は、甘えん坊だと言われるのが癪(しゃく)に障る。
 そんなこと言ったら、おまえ、犬夜叉の奴にボコボコにされるぞ!」
「本当?僕、父さんに殴られる?」
「そうじゃ、間違いない。
 ここは一つ、おらとおまえの秘密ということに ・・・・・・」
「秘密?」
「おまえを男と見込んでの約束じゃ。
 おまえも、おまえの父親が甘えん坊だと言われるのは、恥ずかしいじゃろ?」
「・・・・・・ うん」
「だったら、犬夜叉の名誉のためにも、
 このことは、おらとおまえ、ふたりだけの秘密じゃ!」
「うん。あんちゃん、ありがとう!」
「おうっ!」



――― よし、これでおらの身は安全じゃ!

     しかし、犬夜叉の奴 ・・・・・・、毎晩なのか ・・・・・・。




それは、清々しく澄み渡る空の下、蜻蛉が飛び交う秋の小高い丘で、
とある夫婦の秘め事が、子どもの口から暴露された、
ある秋の日の、のどかな昼下がりのことであった。






− 了 −







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(初書き 2005.09.08/改訂 2005.10.23)
子どもって恐いですね〜〜って、お話です。(笑)
本当に、子どもの口には戸は立てられないです。_| ̄|〇
しかし、犬君はやっぱりそうなんだ〜〜と、思っておられません?
私の中では、おやじな犬君はこういう奴です。
イメージイラスト・・・一応なし





【Iku-Text】

* Thanks dog friends ! *

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