〜イイラスト『でんでんむし』 イメージSS『かたつぶり』〜
『 かたつぶり 』 湿潤な大気は、今がまごうことなき五月雨8さみだれ)の季節であると知らせてくれる。 抜けるような五月晴れとは言い難いものの、今は空より落ちてくる雨粒はない。 草の青臭さがつんと鼻をつく。 この季節らしい”藍(あい)”の小花が寄り集まった紫陽花がそこかしこに咲き乱れ、柔らかな枝葉の先にはいくつもの玉水がきらきらと輝いていた。 「久方ぶりに雨が上がったわい」 青い顔をした小さな妖怪は、空に向って呟いた。 大妖怪であらせられる殺生丸様には雨が降るだの降らぬだということは、あまり関係がおありでないらしい。 長らくおそばにお仕えてしてきて分かったことは、どうやら殺生丸様のお体には雨などというものは一雫だとて降りかからぬかのように、濡れたりなどなされぬということ。 たぐいまれな強大な”妖気”でもって、全てを跳ねのけておられるのではないか、いや、寄せ付けぬのではないかと不思議に思えるほどだ。 真にもって、殺生丸様の偉大さがご推察できる。いつも濡れ鼠で駆け回っているあの半妖の犬夜叉の無様な姿とは雲泥の差じゃ。さすがはわが主(あるじ)殺生丸様は偉大でいらっしゃられる。 もっともそのおかげで、かつてはわしも長らく濡れるが常だったわけであるのじゃが、と己の非力、己の無様は都合良く忘れて棚に上げる小妖怪である。 最近のわしは、雨が降れば木の根方で、大木の洞(うろ)で、はたまた岩に穿たれた洞(ほら)でやり過ごすことができるようになった。真にありがたいことだ。殺生丸様のお優しさ、ご威徳に目頭が熱くなる今日この頃である。 「やはり、つかぬ間のことといえど、晴れ間は良いのう」 わしは人頭杖を両手で抱かえてゆっくりと空を仰ぎ見る。 かたわらから、歌声が聞こえてくる。 「でんでんつぶり、でんつぶり、 ツノツノでんなら、阿吽が来るよ。 まいまいつぶり、まいつぶり、 マイマイ舞わねば、邪見さまが来るよ。 でんでんむしむし かたつむり、 殻からでんなら、殺生丸さまが来るよ」 それは、子どもが楽しげに歌う即興の歌。 「こりゃ、りん。みょうな戯れ歌なんぞを歌いおって!」 己や主(あるじ)の名を織り込んた歌を楽しげに歌うりんに、つい口癖のように文句を言ってしまう。 「あ、邪見さま、かたつむりが葉っ葉の上にいるんだよ」 紫陽花の葉をぬめぬめと這うかたつむりを指さして、にこやかにかみ合わぬ返事を返すのは、りん。 「それがどうした。そやつなら、そこにいても何も不思議はなかろうが」 わしは殺生丸様に留守を任された者として、答えを返した。 殺生丸様は雨が降り始める少し前になると、最近では決まって一人でどこかにお出かけになられる。そして、その間はわしが全権を任され、責任を持ってりんの世話を焼くこととなる。 この娘は、遠慮と言うものを知らぬ。もっとも、わしから見て殺生丸様に対して不敬というわけではないあたりが、その扱いに困るのである。 「かたつぶりがどうかしたのか」 「うん。あのね、美味しいのかなって。邪見様はどう思う?」 小首をかしげながら、りんはしごく真面目に考え込んでいる。 りんの考えることは、相変わらず良く分からぬ。 りんは好奇心旺盛じゃ。 初めて殺生丸様と出逢った頃は、枯れ木もかくやと言いたくなるほど、細い手足をしておった。人の世界でも飢えが間近の貧しい身の上だったのじゃろう。 以来、りんを飢えさせぬよう、少しは肥え太るよう、わしは腐心してきた。今では、わしの目から見ても、りんの奴はまずまずの肉付きとなって、血色も良い。 りんは何でも好き嫌いなく食す。初めて見る食材にも好奇心から手を伸ばす。殺生丸様にご心配をおかけせぬためにも、危険だけはわしが遠ざけてやらねばならない。おかげで、妖怪にあるまじきことに色々と口にする羽目になったわしじゃ。 「・・・・・・。か、か、かようなこと、わしは知らぬ。おまえ、これを食らう気か?」 りんは、紫陽花の葉の上でゆったりと角を降るかたつむりをひょいと摘み上げた。そして、手の平に乗せて這わせると、鼻を近づけてくんと匂いを嗅ぐ。 「ちょっと生臭いかな。阿吽なら美味しそうに食べるかな。邪見さまは阿吽が美味しいって喜ぶと思う?」 屈託なく問い掛けるりん。 「たしかに、阿吽なら美味そうに食らうかもしれん。じゃが、おまえは食らうでないぞ」 と、わしはりんに早々に釘を刺しておく。 「邪見さま、どうして?」 子どもの素朴な疑問はまだまだ続く。 「あまり美味いものではないからじゃ。それに生臭い口で殺生丸様のおそばに近寄ってはならぬからじゃ」 鼻の良い殺生丸様をご不快にさせるわけにはいかぬ。そんなことをしたら、怒られるのはりんではなくわしじゃろうし。 「うん、分かった。りんは食べないことにするね。邪見さま、教えてくれてありがとう」 「そうしておけ」 にっこりと笑うりんが、最近のわしには妙に可愛く感じられる。 「ねえ、邪見さま」 「まだ何かあるのか?」 「あのね、邪見さまは食べたことあるの?」 「えっ?」 「だって、美味しくなかったんでしょ」 から〜ん。 人頭杖が乾いた音を立てて、地に転がった。 ー 了 ー ************************************************************************** (初書き2006.09.20) 邪見、どうやら食べた経験あるんだな。きっと”生”を。( ̄∇ ̄) 殺生丸様が何かを食べるという姿はあまり想像がつかないのですが、小妖怪の邪見は七宝同様にそれなりに御飯を食べると思うのです。 そして、いろいろなもの食べたことがある気がする。 さすがに、かたつむりはないかな、と思うのだけど、実際のところはどうなんだろう。 そして、戦国最強少女りんちゃんなら、臆せず食べるかもしれない・・・。(ここでは食べさせはしなかったけど) エスカルゴだって、存在するんだし・・・。 さて、「かたつむり」の古語は「かたつぶり」。 かた(ツノ?)+つむり(=つぶり:丸いもの)から来ているらしいです。 他にもツノを振るから(つぶり)だとかね。 でんでん虫も、『デデムシ』という「出よ出よ虫」が語源と言われる古語があるらしいです。 どちらにせよ、平安初期からカタツ”ブ”リはあるらしい。 古くから梅雨時の友だったみたいです。 調べてみると、平安末期、後白河法皇が編纂した『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』には、このかたつむりを歌った次のような歌謡が収められているとのこと。 さすがに、りんちゃんにこんな歌詞は似合わないですね。 舞へ舞へかたつぶり。舞はぬものならば、 馬の子や牛の子に蹴(く)ゑさせてん、踏み破(や)らせてん。 まことに美しく舞うたらば、華の園まで遊ばせん。 (巻二・四〇八番) りんちゃんには「かたつむり」や「でんでんむし」、邪見には「かたつぶり」が似合いそうな気がするのですが、戦国時代に既に「かたつむり」という言葉は使っていたのでしょうか。「でんでんむし」はまだなさそうな気がする。 イラスト「でんでんむし」より |
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