〜 イラスト『雨降り』〜イメージSS『あやめ』〜  



『 あやめ 』

ぽつっ、

   ぽつぽつっ・・・・・・、

      さ―――――――っ。




「やっぱり、振ってきた」

銀色の細い細い雨が降り始めた。
お空から雨が降ってくるのは、僕にはずいぶん前から分かっていたこと。








僕は、雨があんまり好きじゃない。


どうしてかっていえば、―――それは、 ”雨の降る日は天気が悪い” から。
天気が悪いと、お日様がお空にない。
お日様がお空にないと、母上のお元気が少し足りない。

だから僕は、雨があんまり好きじゃない。







母上は僕に、雨の日も晴れの日も、僕が母上のおそばにいるだけで幸せだと言ってくれる。
でも、雨の匂いが近づいて来ると、そこらに湿った空気の匂いが立ち込めてくると、母上は少しお元気が足りなくなる。

「母は雨も好きですよ」
って、母上は笑っておっしゃるけれど、雨の日は少し寒いからいけないのかなあ。














僕、聞いちゃったんだ。
雨は母上のお身体に『障(さわ)る』らしいって。
『障る』ってどういう意味なのか、僕にはよく分からない。
でも、雨が降ると母上のお元気が足りなくなるってことは、 雨が母上に意地悪をしているんだと思う。


僕はお空の雲に向かって、叫んでみる。
「雨なんか大嫌いだ!
お空から落ちてこないでよ!」
と、母上を苦しめないで欲しいという願いを込めて。










奥の寝所でおからだに衾(ふすま)を掛けて横になっておられた母上が、ゆっくりと起き上がって僕を手招きする。
「犬夜叉、こちらにいらっしゃい」
少し赤みが足りない青白い顔をして、それでも柔らかな微笑みを浮かべて、母上は僕にお声を掛けてくれる。
「母上、お加減はいかがですか?」
僕は、濡れ縁を離れて母上の元に駆け寄った。
寝所での母上の白いお顔が心配になって、女房達が母上に尋ねるような言葉を言ってみる。
「母は大丈夫ですよ。
犬夜叉が笑っていてくれれば、元気が出ます。
犬夜叉。おまえはどうして雨が嫌いなのですか?」
「・・・・・・」
「犬夜叉はどうしてお空に向かって叫んでいるのかしら?」
「・・・・・・」
「犬夜叉。母は雨降りのこんな日も好きですよ。
だって、銀色に煌く細い雨はとても綺麗でしょ?
お空から落ちてくる雨は、父上ゆずりの犬夜叉の銀の髪のようでとても綺麗。
お日様は、やっぱり父上ゆずりの犬夜叉の金の瞳のようでとても綺麗。
雨が降っていても、晴れていても、お空が犬夜叉みたいで母はとても嬉しいの」
にっこり微笑む母上こそが、僕にはとっても綺麗。


「でも、雨が降ると母上のお元気が足りないんだもの・・・」
僕はうなだれて本当のことを口にする。

「犬夜叉、すみませぬ。
母の元気が足りず、おまえに心配をかけているのですね」
「・・・・・・」

「でも、雨はとても大切な物なのよ」
「大切?」
「そう。犬夜叉が大好きなお花も、早緑(さみどり)の木々の葉も、犬夜叉や母が口にするお膳の数々も、全て天におわすお日様と雨の神様が、この世にもたらして下さる恵みです」
「もたらす? 恵み?」
「そうね、犬夜叉にはまだ難しいですね。
雨が降って、お日様が輝いて初めて、お米も、麦も、お野菜も、お花も、草も、木も大きくなるし、魚も、鳥も、獣も、ひとも、妖怪も、全ての生き物が生きていけるようになるの」
「ひとも、妖怪も?」
「そう。母も、犬夜叉も、亡くなられたお父上も」
「雨が降らないと、どうなるの?」
「この世に生きるものは、何一つ生きてはいけません。干からびてしまいます。
犬夜叉も喉が渇くとお水が欲しくなるでしょう? だから、雨降りの日に、空から次々に零れ落ちてくるきらきら輝く雨の水玉を眺めているのは、心まで潤ってきて母は大好き。
お日様が覗く日には、世界はきらきらと輝いて母の目に色美しく輝かしく映ります。そのかたわらに、おまえがいる。母にはそれがとても幸せに思えます」

そう言って微笑む母上が、僕はとても好きだ。



母上の笑顔で、僕は少しだけ雨が嫌いじゃなくなった。
だけど、母上の元気が足りないことは変わらない。
せめて何か、僕が母上にしてさし上げられる事ってないのかな?

「母上。母上が今見たいものって何かある?」
「母は、犬夜叉の笑顔が見ていたい」
「他には?」
「そうね・・・、菖蒲(あやめ)のお花が見てみたいわ」
「あやめ?」
「そう。昔、あなたの父上が下さったの。
お庭の池のほとりに咲いている青いお花です。
明日、雨が上がったら女房に頼みましょう」
そう言って、母はほんのりと頬を赤らめている。

「母上、ちょっと待ってて」
「犬夜叉?」












ととととと。
銀色の柔らかな雨が降る中、僕は濡れ縁から庭へと飛び下りる。

「犬夜叉、濡れるわ。こちらにお戻りなさい」
「母上、僕は大丈夫です。直ぐに戻りますから」
僕は母の心配を少しでも減らすよう、大きな芋の葉を傘にしてにっこりと振り返る。
そして、楽しげに駆け出して行った。


葉に落ちる雨の音が歌に聞こえる。

  ぽつぽつ ぽつるん。
  ぽてとて ぽつつん。
  頭上の芋の葉に雨粒が落ちて、音楽を奏でる。

  ぽつぽつ ぽつるん。
  ぽてとて ぽてるん、ぴちょん。
  雨粒と芋の葉が奏でる、優しい歌。




朱塗りの橋の向こうに群生する花あやめを一抱え、爪で手折る。

あやめ。
何て綺麗で、真直ぐ空に向かって伸びているのだろう。
透き通った小さな水の玉が紫色した花びらの上をころころと弾かれるように伝い落ちていく。
きらきらと煌く真珠のようだ。
手にかかる雨が優しく感じるられる。








「はい、母上!」
両手に一抱えの花あやめを母に贈る。

「まあ、犬夜叉、ありがとう」
嬉しそうな顔に、少しだけ憂いが混ざる。

「僕ね、早く大きくなって、もっと母上のために何でもできるようになりたいの。
今は、これくらいしかできないけど」
僕はにっこり笑って、僕の大きな決意を、願いを口にする。

「犬夜叉、ありがとう。
でも、おまえがこんなに雨に濡れてしまったわ」
「母上?僕はとても強いから大丈夫だよ。
それに、こうやれば――」
僕は、両の手を床につき、ぶるるんと身ぶるいをする。
水の玉が、ぱらぱらと宙を飛んでいく。

これをやると、女房はいつも僕を変な目で見る。
きっと、自分では上手くできないから、羨ましいのかもしれない。
だけど、母上は嬉しそうに僕を眺めている。

僕は、母上が父上との想い出のあやめを嬉しそうに眺めているのを見ると、とても嬉しい。









雨もいいけど、明日は晴れないかなあ。

今度は、母上に何をしてさしあげようかな?





雨が空から降っていても、
お日様がきらきらと輝いていても、

僕の世界は、いつだって大好きな母上と一緒にある。

ー FIN ー

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(初書き2005.05.10/改訂2006.06.18)
小さい犬君は、これでもかと言うほど優しいのです。ついでにとってもお上品♪(笑)
それが、どうやるとあんなに口が悪くなるんだろう?ってくらい悪くなるんですよね。(≧∇≦)/蛮蛮

こちらは、『におい』の別バージョンです。
最初、雨が嫌いな仔犬君が書きたくて書き始めたのですが、母上が寝付いてしまって、仔犬君が呪詛の言葉を唱えるという救いのない話になってしまったので、ずっとお蔵入りしていたのです。
今回、改めて再挑戦いたしました。如何でしょうか?
でも、きっとこんな頃の優しい想い出は犬君の脳みそから綺麗さっぱり抜け落ちてるんだろうなあ。
母上、犬君にいろいろと教えているようですけど、この後の過酷な日々できれいさっぱりと抜けちゃうんです。(苦笑)
仔犬君の一人称話に挑戦。
「僕」の方が幼い雰囲気がして可愛いと思って使ってみたのですが、やっぱりこの頃の良家のおぼっちゃんは「私」なのかな?

イラスト「雨降り」より





【Iku-Text】

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