〜〜イラスト『赤とんぼ』 〜イメージSS『夕焼け』〜  





  『 夕焼け 』



一本の葦に羽根を広げて休む蜻蛉が一匹。
夕陽に染まって光をきらきらと跳ね返すその二つの大きな目を、
じっと眺める小さな少年がいた。



京の都の西方を、取り囲むようにして山の稜線が連なる。
目の前に広がる草原は、その端が山まで続いているかのような錯覚を覚える。

そこは、京の都の西の外れ。
洛中より距離を隔てるゆえに、春の桜花、夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪野と、
四季折々の美に愛でられた草深い山野が広がっていた。






日は西に傾き、もう少しで山の端に消え入りそうな頃合いのこと。
緋色の水干をまとった幼い少年と、青紅葉の色目の袿袴(うちきばかま)をまとう
年若い女性が二人で草原を渡る風に吹かれていた。










「赤とんぼさん、赤とんぼさん、世界は真っ赤に見えるの?」

すっくと延びる一本の葦の先に、羽根を広げてとまる一匹の蜻蛉。
夕陽に染まって光をきらきらと跳ね返す二つの大きな真っ赤な目を、
幼い少年が小首をかしげ、じっと見つめて声をかける。
それは、子どもらしい素直な問いかけであった。



「まあ、犬夜叉。 赤蜻蛉がどうして真っ赤に見えると思ったのです?」
傍らで柔らかな微笑を湛える女性は、少年の名を親しげに呼ぶ。


「だって、お目々が真っ赤でしょ?」
「そうね。蜻蛉の目は真っ赤ですね」

「だから、とんぼさんの世界は夕陽の色の真っ赤じゃないのかなって」
「犬夜叉はそう思うのね」

幼子の無邪気な答えにクスクスと笑う女性は、決してその答えを否定はしない。


「だったら、おまえの目には何でも金色に見えるのかしら?
 母のお顔も金色なのかしら?」
「え〜〜〜っ、母上の目は夜のお空のように真っ黒で、綺麗なおぐしも真っ黒で、
 ほッペは桜の花のようです」
自分の目に映る色彩の美しさを訴えるのは、自慢の母を称える小さな少年。
年若い女性は少年の母。
年の離れた姉弟と呼んでも障りはないほどで、その目鼻立ちの造詣はよく似ていた。





   少年は、母を桜の精のように綺麗だといつも思う。
   昼に眺める母は、陽の光を透かす花びらの如く可憐で、
   夜に眺める母は、闇に浮かぶ夢幻の桜花の如く艶(あで)やかであると。
   確かに、その姿は子の欲目を超えて、美しかった。

   漆黒の細絹はさらりと長く艶やかで、黒曜石の如き瞳は、つぶらに煌めく。
   白い肌にほんのり上気した桜色した頬、柳の眉。
   かつて、その月の名に寄せて「嫦娥(じょうが)の如き桜花一輪」と称えられた。

   一児をもうけた後もその美しさに変わりはなく、
   更に慈愛に満ちた微笑と、憂いを秘める気高さをあわせ持つようになっていた。



「くすくすくす。そうでしょ?
 母にもおまえの顔は真っ黒に見えませぬ。
 おまえの柔らかな頬は、やっぱり母にも桜色に見えます。
 おまえの艶やかな髪は、光に煌めく白絹の如き白銀で、
 おまえの大きな瞳は、陽の光を宿すとても綺麗な黄金(きん)の色ですよ」

朗らかに、優しく、年若く美しい母が微笑む。
少年の持つたぐい稀な美しい色彩を褒め称える。





「・・・・・・」




「どうしました?」







「いつも真っ黒に見えるんだったら良かったのに・・・
 私の目も、私の髪も、黒い目で見たら、母上のように真っ黒に見えると良いのに・・・」

少年の表情が曇る。



   少年は、光の化身のように美しかった。
   昼に眺める少年は、陽の光に煌めき、
   夜に眺める少年は、闇に浮かぶ月の如く。
   その姿は幼いなりに美しい。

   月の光を溜め込んで、白銀の細絹はさらりと長く艶やかで、
   太陽の如き瞳は、つぶらに煌めく。
   白い肌にほんのり上気した桜色した頬、柳の眉。
   それは、母に通ずる造詣の美と、人外の色彩の美を象っていた。

   人並み外れたあまりの鮮やかさが、人の心に恐れを呼び込むほどに。
   それは、少年に流れる人外の血脈ゆえに。






少年の大きな瞳から、きらきらと雫が零れ落ちる。





心優しい魂を持つ幼子。







「おまえの綺麗な黄金と白銀が母は大好きですよ」
「・・・・・・そう?」

そう語るより、道はありはしない。









「大好きですよ。犬夜叉の色は全部大好き」
「ありがとう、母上・・・・・・」

それが真実だから。












幼い少年にとって、住処とする山荘の外に出してもらうことはとても稀なことであった。

全ては、少年に流れる人外の血脈ゆえ。

心は同じ人のもの。
目に映るはその人外の色彩の美。

幼き頃より、少年に微笑を向ける者はただひとり。










「犬夜叉。でも、今は夕陽に染まって、母の髪もおまえの髪も真っ赤ですね」
「うん。今は母上と一緒・・・」









夕闇迫る草原に、赤い目をした蜻蛉が舞う。




少年は高く真直ぐに指をかざす。
幼い少年の指の先で一匹の蜻蛉が羽根を休める。













「母上。ぼくは夕焼けが大好きです」

少年は母を振り返ると、にっこり微笑んでそう言った。







ー 了 ー



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(初書き2005.09.05/改訂2005.11.11)
ううう、犬君・・・なんていじらしいんだ。可愛いぞ!!
少々、苛めてる気もしないではないのですが・・・。_| ̄|〇
イメージとしては、嵯峨野です。丸分かりでしょうか?(笑)
西の山々は小倉山、嵐山。近所には仏野(あだしの)念仏寺、大覚寺、大沢池、天龍寺あたり・・・。
犬君が実年齢200歳くらいだとすると、天龍寺や嵐山の渡月橋あたりは幼少時に見た記憶があるはずです。
渡月橋は応仁の乱で燃えちゃったので、逆に戦国時代にはなかったかもですね。
秋の京都・・・好きなんです。^m^
イラスト「赤とんぼ」より





【Iku-Text】

* Thanks dog friends ! *

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