〜イラスト『青楓』イラスト〜イメージSS『新緑に薫る花の匂い』〜  



  『 新緑に薫る花の匂い 』

「もういいよな ・・・」



蒼く澄み渡る空を見上げ、腰まで伸びる髪を 吹き抜けていく気持ち良い初夏の薫風に
躍らせ、時の経過を自問する。
それは、爽やかとはいえ 強い陽射しをもたらす初夏の太陽が、空の中天と西の地平との中ほどを踏み超え西の空へと傾き始めた、折りしも昼から夕へと時が移り始めるそんな頃合いのこと。




「もう、ぜってぃに いいよな。あいつに、文句は言わせねえ!」



白銀の髪をなびかせ、緋色の衣をまとう少年が、陽の光にその金色の瞳をひらめかす。蒼い空を背景に、白銀と緋色、そして金。際立つ色彩を持つその姿は清々しい。
そんな鮮やかな色彩を持つ少年――犬夜叉は、ぽーんぽんと空を舞うかの如き軽やかさで跳ね飛んで行く。足元にあるは、赤や青色をした屋根瓦。
ここは、犬夜叉とかごめのみが通り抜けることが適う 「時の井戸」 のこちら側。


「なるべく早く帰ってくるからね。今日でテスト終わりだから。ねっ、大人しく待っていてね」
と、にっこり微笑んで、自分を置き去りにした少女の顔を思い浮かべる。

犬夜叉は、かごめが言い置いていった言葉 『早く帰ってくるからね』 を胸に、『大人しく待っていてね』 という依頼とも、懇願とも、命令ともつかぬ言葉は記憶の外に放り捨て、青空の下、気持ち良く翔けて行く。


屋根の上から見下ろす木々は煌く陽光を受けて、季節は今、新緑から深緑へと 移り変わろうとする清々しさと瑞々しさに溢れていた。






犬夜叉は、不意に、こんもりと木々の生い茂る場所へと行き当たる。
その場所は鬱蒼と呼ぶほどの森ではないけれど、そこは木々の青葉が折り重なるように繁り、差し込む陽の光は木漏れ日と呼ぶのが似つかわしいところであった。

「こっちにも、こんな場所があったんだな ・・・」

思わず見上げる陽の光に、犬妖ゆえの金色の獣孔を細め空を振り仰いで呟きを漏らす。
犬夜叉は、この小さな木立に足を止め、暫しその木々の香りに身を委ねる。

初夏の煌めく陽射しが、慣れ親しんだ緑溢れるその薫りが、雑踏から離れたその静寂が、その涼やかな緑陰が、自分のいる場所を井戸の向こうのような錯覚を覚えさせる。






――― ぞくっ。




それは、大切な少女が居なくなってしまったような 喪失感。
ひとり、井戸によって少女と時を隔てられたかのような 焦燥感。





――― かごめ!!









それは、大切な少女が居なくなってしまったような 寂しさ。
ひとり、井戸によって時を隔てられたかのような 孤独感。









こめかみをじわりとした汗が伝い落ちる。
背筋をひんやりとした戦慄が走る。

恐怖で手のひらが汗ばむ。





――― かごめ!!











ふいに、優しい花の香りが鼻が掠(かす)めた。







はっとして、じっと自分の手を見詰める。









己の手のひらから、ふんわりと漂ってくる花の香り。
まるで自分の手のひらの中に、かごめが居るような錯覚を覚える。



犬夜叉は記憶を遡らせる。




















「動かないの、犬夜叉っ!
 薬が塗れないでしょ」

「俺の身体は、そんなにやわじゃねぇんだ。
 ほっときゃ治る」

かごめは、犬夜叉の手にこちらの世界の花の匂いがする白い薬を塗り込んだ。
鼻の効く犬夜叉は、その薬からいつもかごめの髪から漂うふんわりとした優しい花の匂いと同じ香りがすることに気が付く。



――― かごめのような匂いがする。




かごめ本来の匂いとともに、いつもかごめの髪に纏わり付いているその花の 香りは、今ではかごめだけの優しい匂いの一部となって、犬夜叉の心を捉えて 離さない。


犬夜叉は両の手をくんくんと嗅いでみる。
何だか、かごめの髪のような匂いがする。
自分の手の平の中にかごめが居るような錯覚がする。

「どうしたの?犬夜叉。
 薬の匂いがきつ過ぎる?」

「ふん。臭えよ。
 すんげえ、臭え!
 鼻がひん曲がりそうに臭え!」

「でも、お薬を塗っといた方が、早く治ると思うの。
 我慢できない?」

下から顔を覗き込むようにして、心配げに聞き質すかごめにドキドキする。
そんな気持ちを見透かされないように、ぷいっと横を向いて言い捨てる。

「我慢できねえ程じゃねえ」


「良かったあ。
  じゃあね、包帯も巻いといてあげる。
少しは匂いが薄れると思うから ・・・」

「俺の嗅覚を侮るんじゃねぇぞ」とからかってやろうかとも思うが、心配そうに見詰めるかごめに手を触れられるのも悪くないと思い、両の手を素直に預ける。

「けっ、余計なことしやがって。
 邪魔くせえのによ」



かごめの髪が、俺の鼻先で揺れる。
ふんわりとした優しい気分になってくる。



――― いい匂いだよな ・・・・・・ この匂いって ・・・・・・。




バタン。





「ねえちゃん、遅刻するよ」

「もう、そんな時間?」

草太が、登校時間が迫っていることを告げに、かごめの部屋を覗く。



――― ちっ。もうそんな時間かよ。


それでも、決まった時間は容赦がない。
俺だって、こちらの世界の細かい理(ことわり)は分かってきた。


「外かっ?」

俺の瞳はきらりと光る。
鼻先で揺れる優しい匂いや、手のひらを包む包帯と呼ばれるサラシで薄まって
しまった花の香りを残念に思いつつも、いつもの ”がっこう” に出かけるというかごめを送ろうと、俺は腰を上げる。

「よしっ、行くか」

俺とかごめの二人は、タンタンタンと足取り軽く階段を下りて行く。



「蛇ッ、犬夜叉。 あたしが学校行ってる間、うちで大人しく休んでてね」


―――何だと?

「俺は全然疲れてねえ」


「おすわり」






みしっ ・・・。



――― 俺、何かやらかしたか?何で俺を置いてくんだ!

俺は、おまえを送ってくぞ。
俺は疲れてねえし、おまえ、夕暮れ時まで帰って来ねえじゃねえか!



「じいちゃん、
 ちゃんと犬夜叉を見張っててね」

「かごめっ、
 こいつを置いていくのかっ?」

無情にも、じいさんに俺を任せるという笑顔のかごめが恨めしい。

「あんた、耳、目立つもの」




――― かごめの馬鹿野郎!!!


「じいちゃん、お願いね。
 なるべく早く帰ってくるからっ。
 今日でテスト終わりだからね。
 ねっ、大人しく待っていてよね」





かごめが ”がっこう” とやらに行くなら、俺が送っていってやろうと思っていた。
疲れているのは、おまえの方だろ?
だから、俺がいつものようにおぶっていってやるから・・・・・・。




「じゃあね、犬夜叉。
 行って来るからね。
 じいちゃんの言うこと聞いて、大人しく待っていてね」




――― かごめの、馬・鹿・野郎――――――――――!!!


     俺を、こんなところに、打ち据えやがって!!!












初夏の煌めく陽射しが、慣れ親しんだ緑溢れるその薫りが、雑踏から離れたその静寂が、その涼やかな緑陰が、自分のいる場所を井戸の向こうに入るような錯覚を覚えさせる。


それは、大切な少女が居なくなってしまったような 錯覚。
ひとり、井戸によって少女と時を隔てられてしまったかのような 戦慄。




じっと、自分の手を見詰める。

その手から、ふんわりと匂い立つ花の香り。
まるで自分の手のひらの中にかごめが居るような錯覚を覚える。




手を覆おうサラシを解いてみる。

包帯と呼ばれる幅の狭いサラシの内より漂う、先程より更に強くなった かごめの花のような匂い。



解いたさらしを鼻に近づけてみる。
ふわりとかごめの髪が目の前で揺れたような気がする。

俺の手のひらから移った俺の匂いと、かごめの髪の甘い花の匂いが入り混じる。





何だか、眩暈がするような気がする。

このままこの甘い匂いに誘われて、自分の衝動を突き上げてみたくなる。
ここには、俺とかごめしか居ないから ・・・・・・。




サラシの内より漂う かごめの花のような匂いが香り立つ。
俺の汗ばんだ匂いと一つになったおまえを抱きしめる。



ここには、俺とかごめしか居ないから ・・・・・・。
俺たちの間には、誰も居ないから ・・・・・・。



かごめ ・・・・・・。


恍惚として、・・・・・・その名を、その匂いを抱きしめる。















どれほどの時が流れたのだろう。

寂しさと焦燥感と、おまえが欲しいという突き上げるようなこの熱い衝動。




少し、ひんやりし始めた木々の青い薫りが、光が、雑踏から離れたその静寂が、その涼やかな緑陰が、現実を俺に呼び戻す。






解いた幅の狭いさらしを鼻に近づけてみる。
先ほどまでのまとわりつくような甘い匂いが、風に攫われ少し薄まっている。


吹き抜ける緑の風が意識を現実に引き戻す。







じっと、自分の手を見詰める。

俺は望んじゃいけないんだ。





俺は、あいつにこれ以上求めてはいけないんだ。

凍える決意が甦る。






瞳を閉じて呟いてみる。


「あいつを守る。
 俺は、かごめの傍らに居るだけが全ての望み」






胸いっぱいに青く瑞々しい薫りを吸い込んでみる。
心の奥に湧き上がる衝動が収まっていく。






もう一度、胸いっぱいに青く瑞々しい薫りを吸い込んでみる。
心に、不変の決意が甦ってくる。






「よしっ!」


瞳を輝かせ、まっすぐに青い空を見上げる。

迷いは、・・・・・・ もうない。








「あんた、耳、目立つもの」

そう言った、かごめの顔が甦る。



じいさんの手伝いの折に、おふくろさんから手渡された蒼い手ぬぐいを袂から取り出す。本来は塵避けにと頭にかぶるのだろうが、これで耳を隠す。


いいもの貰ったよな。こいつ被ってりゃ、かごめも耳を隠せと文句言えねえからな。前に、かごめの友人とやらに会った時も、ほっかぶりしてたら、かごめの奴も文句言わなかったもんな。

かごめ、今、迎えに行くぞ!






突き上げる衝動を胸の奥底にしまい込み、いつもの俺の顔に戻る。




かごめには、内緒だ。



もし、あいつの前で、
本当の俺を見られちまったら、
本当の俺をあいつに気付かれちまったら、

俺はきっと止まれなくなる。






何も残してやれないおまえを、きっと俺のものにしてしまうだろう。






かごめには、内緒だ。

突き上げるものが俺の内に潜んでいることは。




あいつには、内緒だ。

何も残してやれないおまえに、俺は触れちゃいけないのだから。








青空の下、空に向かって大地を蹴る。

眼下に見下ろす木々は 煌く残光を受けて、新緑から深緑へと移り変わろうとする清々しさと瑞々しさに満ち溢れていた。





「かごめ!今、迎えに行くからな」

白銀の髪を煌めかせ、犬夜叉は空を翔ける。
ー FIN ー

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(初書き2005.06.03/改訂2006.05.10)
あの美味しいエ ロなお話 に繋げられそうな『優しい彼(ひと)』が、
私の手に掛かると、可哀想に――我慢犬君だよ・・・。_| ̄|〇
ああ、犬君、本当に前屈みにならなくて大丈夫か!
犬君、身体に悪い我慢してますわ。(笑) 本当のところ、こんなに簡単に収まるものなのかしら? ^m^
(白い私にはなんともはや・・・わからんです)←おいっ!

まあね、犬君ちょっと危なくなって来たので、素面に戻しました。(^_^;A
いけませんでしたかしら?
※本文中の、この印→※(背景色が異なる部分)は、原作より台詞・設定等を引用しています。
イラスト「青楓」より





【Iku-Text】

* Thanks dog friends ! *

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