〜 イラスト『寄ってくか?』 〜イメージSS『一大決心』〜   







  『 一大決心 』



「犬夜叉、今宵の宿に、あそこは如何(いかが)ですかな?」

仲間の法師が、とある村外れの祠(ほこら)を指差してこう言った。



「はあっ?
 おめえ、今何時(なんどき)だと思ってやがる。
 今はまだ午の刻(うまのこく)だぜ。それも上刻ぐらいじゃねえのかよ。
 何、考えてやがる」


胡散くさげに、少年は連れの法師にじろりと視線を返す。
中天に煌く太陽を見るまでもなく、今は真昼時。

灯火が貴重な時代。
闇が悪に支配され、夜が危険と同義語である時代。
これより後の江戸の時代にあっても、
旅立ちはとても早く夜明けと共にあり、昼過ぎには宿を探す。
それを思えば、何ら不思議な話ではない。
だが、この一行にそんな感覚は元よりない。
野外で眠りにつく事も日常茶飯。
一行が求めるものは、旅の安全ではなく、
邪な者どもに先立ってあの欠片を集め、彼(か)の仇敵を打ち滅ぼす事である。



暦の上では春が立ち、既に冬は過ぎ去った。
辺りには、振り注ぐ光が乱舞し、春が来たのだと告げている。
芳しい香と共に、花開き始めた黄色い蝋梅や、
白銀の世界に紅の華やぎを添える梅の枝に積もった雪がきらきらと煌く。
この日の天気は、余寒少なく、冬のうちといえど旅にふさわしい一日である。
そんな中での法師のこの一言である。

「たまには、良いじゃないですか。
 吹雪に閉じ込められ身動きできない日もありますが、
 たまには、『光の春』でも満喫しませんか?
 おなご達に、凍える夜ではなく暫しの休息をやろうじゃないですか。
 これより分け入る山中で、夜までに宿が見つかるとは限りませんし ・・・・・・」

言葉を選んではいるが、今宵は『朔』
冬の旅路において、戸外で夜を迎えることは甚だ(はなはだ)厳しい。
それは、半妖の少年への気遣いでもあるのだろう。
緊迫した空気を漂わす少年に、少しは落ち着けと言いたいのである。

元より、半妖の少年の他は”ヒト”が大半。
あるがままの”ヒト”としての姿で、それぞれの季節を生きる。
少年に欠けているのは、半妖ゆえのその意識。

  月に一度巡り来る夜。
  それを少年は【忌(い)むもの】と否定する。
  しかし、それも少年の真実の姿。
  守るべきひとを愛する様に、己自身の心も抱きしめて欲しい。



    ――― 当の少年は知ってか知らず。



  ほのかに香る春の気配に包まれて、余寒の厳しい寒さに耐える。
  心澄ますと眼前に見えてくる、季節の移ろいに身を浸す。
  それは”ヒト”だけが、享受できる幸せ。

  少年の内にも確とある真実。
  「妖」であり、「ヒト」である半妖ゆえに享受叶う、その喜び。
  己の半身を抱きしめて欲しい。



「仕方ねえな。
 かごめや七宝は、寒さにゃ弱えからな。
 今夜はここで泊まるか ・・・・・・」

「おや、私や珊瑚は入ってないんですか?
 そういうおまえも、今夜はちょうど”ヒト”じゃないですか。
 皆で、ぬくぬく温まろうではないですか。
 なんとも、いい具合に祠があったものですな」

『朔』への不安を笑い飛ばして、法師はにっこり微笑み少年への言葉を継いだ。

「おまえが皆に言いなさい。
 『今夜はここに泊まろう』 と」

「お、お、俺が言うのか? 」

「そうです。
 言い方はお好きなように。
 大した事じゃないでしょう?
 男の優しさを見せる良い機会ですよ。
 それにかこつけて如何しようが、それはおまえの役得というもの。
 ささ、頑張んなさい」


「や、や、優しさって ・・・、 役得って・・・。
 おい、こらっ、てめえっ〜〜!! 」



  ――― 不器用な少年に、計画的に”役得"など賜れるはずもなし。


  何気ない一言すら、口に出せないその初心(うぶ)さ。
  それが少年の美徳の一つ。



それでも意を決し、顎をくいっと引いて、ごくりと唾を飲み込む。
武勇と異なる、なけなしの勇気を振り絞る。
頬を赤らめ、目線を泳がせ、精一杯の思いやりを口の端(は)に乗せる。

「お、おいっ!
 こ、今夜は、ここに泊まろうぜ 」




振り向く仲間の笑顔は、春の日差し。


  ――― ”役得"を賜ったかどうかは、・・・・・・ また、別のお話。





ー 了 ー



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(初書き2005.02.07/改訂2006.01.30)
くっくっくっ。とんでもなく初心(うぶ)い話だ。
それにしても、これでもかと期待を外したお話ですな。^m^
わざとらしさに、石が飛んできそうです。(逃げろ!)

=補足=
午の刻(うまのこく):
  午後0時〜2時を指します。
  丑三つ時とかの「数呼び」による呼称は、江戸に入ってからです。
  戦国時代では、細かく言う時は上刻とか下刻という言葉を使っていたらしい。
  午の上刻は、午後0時〜1時くらいを指します。

余寒(よかん):
  立春過ぎの厳しい寒さ を言います。
  残暑の反対ですね。^^

イラスト「寄ってくか?」より





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