〜『花好月円(花は美しく、月は丸く)』〜
『 花好月円(花は美しく、月は丸く) 』 透き通った蒼暗い空の中天に、白銀の円盤が煌々と麗光を放つ。 暗い天幕に散りばめられた数多の秋の星々は、その輝きに消え失せてしまう。 光放つものは、ただ一つ。 あまりの明るさに、この一夜の夢を紡ぐ。 今宵、葉月の十五の夜。 りりり、りりりりり。 草叢(くさむら)の葉陰からは、暑い夜は既に過去となり寒い夜をまだ知らぬ、秋の夜長を賛美する虫たちの宴が漏れ聞こえてくる。 さらりと渡る涼やかな風が、白い穂波をきらきらと揺らす。 ――とくとくとくっ。 「昨日よりの雨が嘘のように上がりましたな。見事な月です」 なみなみと注(つ)いだ酒に名月を映し込んだ杯をくいっと一息で煽ると、青年は空を振り仰ぎ静かに傍らの娘に語りかける。そして、次の杯を当然のように手を差し伸べ所望する。 「そうだね。雨もだけど、こんなに穏やかな気持ちで空を見上げる事ができるようになるなんて、思いもしなかったよ」 返事を返したのは、酒瓶を手にした目鼻立ちがはっきりとした娘。同じように、頭上に輝く真白な月を振り仰ぐ。 「思いもしなかった?」 かさり。 青年は、空のままの杯を傍らの草の上に置くと、視線を月から娘へと移した。 目の前の青年がじっと見つめる瞳に、つい気恥ずかしさを覚えて、娘は目をそらす。 「私は、ずっと願っていましたよ」 「私だって、それは願ってたけど・・・」 「おまえとこのように寄り添い、静かに時を過ごす。至福の時ですね」 「あたしだって、そうさ」 空の左手が、娘の右の頬に触れる。最初は指の先で、そして次は手の平で。 青年が娘に触れた肌に熱が生まれる。 夜であるはずなのに、月があまりに明るくて、目の前の青年に心の隅々まで見透かされてしまいそうな自分が、妙に恥ずかしくなる。 頬に添えられた温もりに顔を真っ赤にして、娘は瞳を堅く閉じて、俯(うつむ)いた。 「顔を上げてください」 「・・・・・・」 青年は娘の顔をそっと仰向かせると、月に向ってぽつりと願いをかける。 頑なに、眼をつむったままの娘に次の言葉を投げかける。 「私はおまえの瞳に映るおまえを見ていたい」 「えっ?」 思わず目を見開いた娘の瞳に映ったモノは、月ではなく有髪の法師。 「そう。今宵望月、三五の月。一年のうち、最も美しいという今宵のおまえを、どこの女子よりも美しい、目の前にいる月の天女とともに見ていたいのです」 「酔ってるんじゃないかい?」 頬を赤らめ、心憎いまでの言葉を紡ぐ愛しい人に問いかける。 「これっぽっちで、私が酔うはずはないでしょう」 ――ことっ。 天女の瞳に映る、天女と同じ名の月が闇に陰る。 光を遮るものは、墨染めをまとう仏の名を頂く法師。 「今宵がどのような夜か知っていますか?」 「知らないよ。そんな事。それより近すぎだよ、法師様!」 「教えてあげましょう。今宵は中秋節。朝まで愛しい人と仲睦まじく、美しい花を愛でて過ごせという日です」 「えっ?夜にお花見するのかい?」 「そう、目の前にある美しい花をこよなく愛でるのです」 「・・・・・・」 幸福という願いが込められた名を持つ娘の薄桃色の花に、法師は口付けを落とした。 今宵、それを知っているのは、娘と同じ名を持つ夜空の月だけ。 「ちょっと、法師様。なんだか言ってることと、やってることが違ってないかい?」 「珊瑚、私にとっての花はおまえです。仲睦まじく、おまえを愛でているでしょう」 ー 了 − ************************************************************************** (初書き2006.10.06/改訂2006.10.17) 珍しく弥珊です。^^ 法師がなかなか”胡散臭くて良い”じゃないかとのお言葉を初版で頂きました。^^ 歯が浮くような甘い台詞は犬夜叉にはなかなか無理ですが、弥勒様であれば、その気になれば軽いものでしょう。 名実共に遠慮なく珊瑚ちゃん一筋になったら、逆に珊瑚ちゃんてば、顔を真っ赤にしてしどろもどろな日々になりそうです。(≧∇≦) それにちっとも慣れない珊瑚ちゃんを見ていると、ついついからかいつつも、これでもかと可愛がりたくなるだろうな。 自分色に染めるなら、犬キャラの中では珊瑚ちゃんて最高じゃないかと。^m^ 三五の月(さんごのつき): そもそも、「月」といえば秋の季語。 旧暦8月15日の満月だけを「名月」と呼ぶらしいのです。それ以外は「明月」と呼ぶのが本当らしい。 月の呼び方、十六夜(いざよい)、立待月などの呼び名も、元は毎月のそれぞれの月齢の呼び名というよりは、中(仲)秋の名月を待ち望む気持ちから前後の月を呼んだことに始まります。^m^ それにしても、三五の月とは、お茶目なり。三五、十五から来てるのかな? でも、出典は古いんですよね。柿本人麻呂の歌です。実は古くは三五月も「もちづき」と呼ぶのだそうな。 花好月円: 中国のことわざ。 「花は美しく月は丸い。円満で仲むつまじい」という意味らしい。とても綺麗な言葉だなと。^^ 月餅の文字に良く使われるそうです。 これ(花好月円)を、スィート・デイズと当て字のように読ませる漫画もあるらしい。何となく納得しそうです。 詳しくは、『人民中国』祭りの歳時記〜中秋節〜 |
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