〜『星合〜遥かなる想い〜』〜  



※こちらは、「限りない想い」の続編設定となっておりますが、単独でもお楽しみいただけます。
※犬かごラブラブ話ですが、少しだけ犬桔&かご桔テイストを含みます。

       その旨ご了解の上で、お進み下さい。(スクロール願います↓)


  『星合〜遥かなる想い〜』



既に日は落ち、世界を支配するのは闇の翼。
かがり火の火影(ほかげ)の向こうに浮かび上がるは、優雅に神楽を舞う巫女姫。
白絹の千早(ちはや)と緋袴を身にまとい、右手に榊を奉げ持ち、左手の鈴を優美に打ち振るう美しい巫女。 天地万物をあらわす青、朱(あか)、白、玄(くろ)、黄の、鈴に連なる五色(しき)の絹が舞い手を追うかのようにゆるゆるとひらめく。額には金の天冠の綺羅が揺れ、花簪の下には長く優美な曲線を描くみどり髪がふわりと躍る。長いまつげが白桃を思わせる薄紅色した頬に影を落とし、つややかな肌の産毛が光を透かして映し出される。 桜桃の唇にはかすかに微笑みがこぼれ、漆黒の艶を宿す瞳は天の河を頂く満天の宙(そら)を見つめる。

それは、遥か昔に亡き母と遠くから眺めた『乞巧奠(きつこうでん)』を思い出す。

しゃんしゃん、しゃんしゃん。
しゃらり、しゃんしゃん。
しゃんしゃん、しゃらり、しゃんしゃんしゃん。

目の前には幽玄の世界が繰り広げられていた。
今も俺は、祭りそのものに興じるには少しばかりの戸惑いを覚える。それは幼い頃より長い時を経ても変わらない。それでも、優しくゆったりとした空気の中で、人が集う場を愛でている己に気付いて苦笑する。



先ほど眠りより目覚めたかたわらの子は、後ろを振り返りもせずに人の輪に向って真直ぐに駆け出して行った。 四方に笹を立てた舞台の間近に陣取り、年の近い気の合う友たちと美しい舞に魅入っている。

錯覚を覚える。
それは、かつて遠くから眺めることしかできなかった幼い自分があたかもその場にいるような不思議な光景、望んでも得られなかった優しい時を今再び過ごしているよな嬉しさとむず痒さ。

今は、そんな日々に心からの幸せを感じる。
けれど、目を細めて舞いに興ずる自分自身に少しばかり落ち着かなくもなる。






俺は、闇に浮かぶ巫女姫の美しさに魅せられていた。

時が交差する。
一年に一度の時が巡ってくる。








しゃらりららら、しゃん!



最後の鈴の一振りで、舞が終わる。
巫女姫の笑顔がとても眩しい。





人垣を外れた場所から眺める俺に巫女姫が微笑みかける。
俺も、いつの間にか覚えた微笑みを巫女姫に返す。

豊作祈願と雨乞いの神事の後は、短冊にしたためた願いを星に託す星祭り。
子どもたちとっては、背伸びした自分を夢を見る楽しい祭り。年頃の若者たちにとっては、一年に一度の牽牛、織女にあやかった恋の祭り。年長の者たちにとっては日々の息災への感謝と無礼講。




俺は、人々の輪には加わらず、ひとり星降る宙(そら)を仰ぎ見る。
俺にとっての星祭りは、ただ星を見上げて想うこと。

星合(ほしあい)の夜。

この夜ばかりは、微笑みながら逝ったあの女(ひと)が思い起される。
今は、優しい思い出となった、あの顔が思い起される。



今宵と同じ星夜に逝ってしまった優しく心強かった巫女を想う。
普段は心の奥底に深くしまい込んでいる目の前の巫女姫によく似たもうひとりの巫女の柔らかな笑顔を思い出す。










俺の今の幸せは、彼の女(かのひと)との出会いから始まった。












頭上に散らばる金の星、世界に降り注ぐ銀の星。
今夜だけは、許されるだろう。

愛しくてたまらない眩しい笑顔を向ける俺の巫女姫。
愛しくてたまらない逝ってしまった俺の巫女。






俺の心には、ふたりの女が住んでいる。
ひとは、それを不実と呼ぶのだろうか?


俺の心には、ふたりの女が住んでいる。
どちらも、俺にはなくてはなないひとなんだ。


俺の心には、ふたりの女が住んでいる。
俺にとって、ふたりはひとりで、ふたりはふたり。





ただ、今宵だけは逝ってしまった君を想う。

誰よりも、好きだった俺の巫女

――俺の桔梗。

満天の星空の下、笹の葉揺れる星祭りの夜更け。

可愛らしく手習いの上達と腕っ節の向上を願う幼子は、「へならひ」「つおい」と、はみ出さんばかりに墨で黒々と書き記した青い短冊をこよりで吊るした笹を大切そうに胸に抱いて、元気良く小屋の入口を潜る。
「ただいま」

「おう、帰ったか」と返すはずの人の姿はそこにはなかった。
振り返った少年は、後から戸口を潜る母に不思議そうに尋ねる。
「ねえ、母様。父さんてば、どこに行っちゃったんだろ。僕が母様のお神楽を見に行った時は、ちゃんとおうちにいたんだよ」
一緒に母の舞を見ようと誘ったはずの父は、ひとりで行けと送り出してくれたはずであった。
囲炉裏の火が消えた人気(ひとけ)のなさは、父の長らくの不在を物語っていた。

「犬夜叉なら、ちゃんと見に来てたわよ」
「そうなの?」
「みんなから離れたところからだったけど、ちゃんといたわよ」
にっこり微笑む母は、やっぱり綺麗だと少年は見惚れる。

少年にとって、火急の用でもなければ、こんな夜更けに母をひとりにする父ではなかった。
「でも、いないんだよ。父さん」
再びにっこりと微笑む母が、くすくすと笑いながら、悪戯めかしてこう言った。
「そうね、犬夜叉は今夜しか逢えない大切な人に逢いに行ってるのよ」
少年にとって、それは青天の霹靂(へきれき)。目を見張るしかない想像だにしなかった母の返事であった。
「え――っ、父さんの大切な人って、母様でしょ? それって、おかしいよ!」
少年にとって、それは疑うことすらできない自明の理。
あまりの仲の良さに、両親の睦まじさを喜ぶ反面、時折溜息さえ付きたくなる衝動を幼いなりに覚えてきた。

幼いなりに聡い子ではあった。
幸せな愛情に身を浸しているからこその素直さと父母への信頼であった。だからこそ、母の言葉と母の笑顔をにわかに信じることができなかった。
「そうね。犬夜叉の大切な人は私と、おまえね。それから、もう一人。でもね、その人がいたから今の私たちがあるの。母さんも昔はちょっと寂しく思ったこともあったけど、今はふたりに行ってらっしゃいって送り出せるわ」
少年は、父には母と自分の他にも大切な人がいると、こともなげに言い放って微笑んでいる目の前の母に目を見張る。
「ふたりに? 良くわかんない」
「わからない? そうでしょうね。その人はいつもは私と一緒にいるのよ。その人も犬夜叉のことが大好きなの。そして、私以外にはそれは誰にも分からない。犬夜叉にだって分からないのよ」
くすくすと笑いながら、一点の曇りもなく少年の母は笑っている。
「ねえ、母様はそれでいいの?」
少年は、もう一度だけ聞いてみる。
「うん。そんな優しいあんたの父さんが、そんな犬夜叉が私は大好きなのよ」
それは、確とした母の答であった。


「ねえ、聞いていい?」
少年はひとつだけ胸に覚える不安を口にしてみる。
「何?」
「父さん、浮気してるわけじゃないんだよね」
少年にとっては、それは一大決心を要する恐ろしい問い掛けであった。
「・・・・・・」
無言の母に、びくりとする。
「母様!」
少年は、今まで一度たりとて考えたこともない不安に、日々の幸せが壊れ行くような錯覚を覚える。
「するはずないじゃない。犬夜叉は・・・・・・、あんたの父さんは私にぞっこんなんだから」
母は、清々しいまでにきっぱりと言い切る。
「・・・・・・母様、それって凄い自信だよ。確かに普段の父さん見てればよく分かるけど」
子どもながらに思い浮かべる父はそれを証明していた。
「私って、犬夜叉にこれでもかって愛されてるから」

空が白んでくる。

一つ、また一つと、星が消えていく。

太陽が東の地平線から昇ってくる。

一年一度の君との逢瀬は終わる。

朝の空気を胸いっぱいに吸い込むと、愛しい俺のかごめに逢いたくて、俺は朝日を背に駆けて行く。

誰に笑われたってかまわない。
俺はかごめと生きていきたいんだ。
俺はかごめを誰よりも愛しているんだ。

好きだ、好きだ。
俺はかごめが大好きなんだ。
おまえに、真直ぐ想いを届けられる今の俺が、無性に嬉しい。

「ただいま」
犬夜叉は、小屋の引き戸をからりと開ける。

「お帰りなさい」
「父さん、お帰り」
飛び込んできたのは、愛しい笑顔と思いがけない見上げる瞳。

「おう、おまえ妙に早起きじゃねえか」
家路を急ぐ間、帰宅の報とともに予定していたもう一つの挨拶をし損ねて、犬夜叉は憮然として頬を掻く。
見上げる瞳が、妙に睨みつけているような気がする。

少年は、勇気を総動員して、おもむろに口を開いた。
「父さん、一つだけ聞かせて」
「へっ?」
「父さん、浮気してたわけじゃないんだよね」
「・・・・・・はあっ?」
目の前の息子の意図を測りかねる。
「どうなの?」
なおも真剣に問い掛けてくる息子に、いらだちを覚える。
「馬鹿野郎! 俺がそんなことするか!」
犬夜叉は、気付くと大声で叫んでいた。

「ほら、心配ないでしょ」
にっこりと微笑みながら、かごめはかたわらの息子に話しかける。

「おまえら、一体なに喋ってたんだ!」
「内緒!」

「かごめ・・・」
「さっき、桔梗が『犬夜叉は相変わらずの二股だ』って、笑ってたわよ」
「・・・・・・」

笑顔に満ちた日常が戻ってくる。

確かに犬夜叉はひとり桔梗を想い宙を見上げていた。
ただ、桔梗を想って星を見上げていた。


「へん、悪かったな。どうせ、俺は直らねえよ」
かつて、仲間の狐に散々言われた言葉に、相も変わらず反論できない自分の所業に開き直るしかないバツの悪さを覚え、犬夜叉はくるりと背中を向ける。

「そんな犬夜叉が、私は好きよ」
かごめは、小首をかしげて犬夜叉を覗き込む。




(敵わねえよな。おまえの大きさには・・・)

犬夜叉は苦笑を漏らすと、愛しい妻を優しく抱きしめる。

「かごめ」
愛しげに腕に抱いた妻の名を呼びながら、薄紅色した桜桃をついばむ。

「もう! 子どもの前で、朝っぱらから何するのよ」
息を弾ませながら、かごめは頬を膨らませ犬夜叉をきっと睨む。
「だってよ。俺がこうしたいのは、おまえだけだから・・・・・・」
初々しく頬を染めて抗議するかごめが可愛らしくて、犬夜叉はもう一度季節の果実を心ゆくまで味わおうと、かごめの滑らかに弧を描く背中に手を回し己の胸に引き寄せた。

ひとり取り残された少年は、嬉しいようなあきれたような気持ちで、ぽつりと呟く。
「やっぱり何も心配する必要なんてなかったんだね」

どこからか、くすりとした笑い声と、囁くような小さな声が耳に聞こえてくる。
「そうだろう。あいつは、笑えるほどかごめに溺れているだろう」

「えっ?」
疑問に答える者も、気配もありはしなかった。

ただ、少年の目の前では、少年の両親の見慣れた朝の挨拶が、いつ終わるとも知れずに繰り広げらていた。





「僕、お腹がすいてきちゃった」



ー 了 −



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(初書き2006.07.11/改訂2006.07.23)
すみません。 うちの犬夜叉、まじで二股を自覚しております。
ついでに、かごめも桔梗もそれで、良いと納得しております。
かごめと桔梗。犬夜叉にとって、ふたりの間に順位なんてないんです。どっちも大切なんです。
それにしても、こんな両親の毎朝の挨拶を見せられている息子の将来が、
今からちょっと心配なんですが。

神楽舞:
「神楽」とは、神が依る「神座(かみくら)」がその語源とも言われ、ご神前で奉納する日本古来の音楽・舞のことで、神遊びともいう。 古くは「天の岩戸」に出てくる、アメノウズメノミコトによるストリップダンストランス状態の踊りが有名かと。(〃 ̄m ̄)
「神楽」は大別して、「宮廷神楽」と「里神楽」があり、ここで出したのは 当然後者です。田植え行事の中の神事舞から発生したといわれます。
文中で出てきた衣装は、神楽舞の標準装備です。千早は若松鶴模様がスタンダードですけど、かごめちゃんには白の無垢が似合うかなあと。^m^

星合(ほしあい)・星祭り:
七夕の別名





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