昔語り
「ねえ、楓ばあちゃん。これって草餅を作るヨモギだよね。何に効くの?」
かごめは自分の時代でも見覚えのあった青草を手に、隣で手早く薬草を選り分けている楓にその名の確認と効能を問う。
「見せてごらん」
にっこりと微笑む老巫女の楓は、かごめに手を差し伸べる。
「はい」
「かごめ、当たりだ。これは間違いなくヨモギだ。またの名を艾葉(ガイヨウ)とも呼ぶ。煎じて飲めば、身体を温め、食欲を増し、腹の調子を整える」
楓はかごめに優しく教授する。楓にとってかごめは可愛い孫のようでもあり、意欲も旺盛でなかなかできの良い弟子でもあった。
「へえ、ここじゃ煎じて飲むんだ。お茶みたいなものなのかな? 私のいたところじゃ、中に小豆で作ったあんこを入れて、このヨモギを混ぜ込んだお餅で包んだヨモギ餅にして食べてたのよね。私は作ったことなんてないから食べるばっかりだった。あくまでお茶請けというかお菓子としてだけど」
かごめは自分の聞き知っている知識に付け加えるようにして、一つずつ頭に収めていく。どれほど覚えたかを測るための勉強ではなく、習得と言い換えることできる実践として使える知恵として身につけていく学びは、かごめにとってなかなか慣れぬものであった。
「おや、おまえの国ではヨモギは薬湯ではなく菓子になるか」
楓にとっても、生まれ育った背景を異にするかごめとの語らいは中々新鮮な新しい情報を与える。この戦国の時代で、それが可能であるかどうかは別として。
「じゃあ、これは? 見たことある気がするんだけど、分かんない」
楓について学び始めたばかりのかごめにとって、見分けが付く薬草は限られていた。
「それはカタクリじゃな。葉が枯れておるから分かりにくいかね。掘り上げたものの外皮を剥き、すり鉢ですりおろし、水を加えて布で漉す。そして、下に溜まった粉を水洗いしてから乾燥して使う。できものに塗ると良い。熱い湯で溶けば病後の滋養にも良い」
「そっか、これが片栗粉になるんだ。ふうっ…難しいし、お薬にするのもなかなか大変な作業なのね」
それは、かごめにとっての素直な驚きでもある。
「どうした? 疲れたかね」
楓は溜息をつき、手を休めるかごめに声をかけた。
「ううん、まだ大丈夫。私の国じゃ、薬といえばお医者様に診てもらって頂いてくるか、薬局と呼ばれる薬を売るお店に行って、病状はこれこれだからそれに合うお薬を下さいなってお金を払えば手に入ったの。ここでは、こうやって楓おばあちゃんや村の皆が薬草を取ってきて自分で作るんだよね。小さな子供でも知ってることなのに、私はちっとも覚わらないわ。嫌になっちゃう」
学び始めの基準となるこの時代での知識も経験もかごめは限りなくゼロに近いのだ。かごめがいう小さな子どもといえど、この時代で生きてきた年月なりの経験がある。比べる方が間違っていた。それでも、かごめを仰ぐように見上げる子らにさえ及ばぬ自分の今の知識が、時折悲しくなる。
「かごめ、ゆっくりと少しずつ覚えれば良い。おまえはまだ学び始めたばかりなのだよ。わしも幼い頃、桔梗お姉様に一つづつそうして教わったものだ」
「そうだね。あせっても仕方がないし、何よりも教えてくれる先生が良いから、私もきっといつかは、少しは覚えて今よりましになるわね」
諦めるわけではない。一歩一歩できることをやろうと胸に誓ったのは自分なのだと、かごめはその決意を心に抱きしめた。
暫し、時が流れる。
「さて、一休みでもするかね?」
「うん」
「先ほど学んだヨモギ、薬として煎じるのも良いが、今日は白湯に入れて茶としてみるかね?」
「はい」
囲炉裏の自在鍵にかけられた鉄瓶から、干してカラカラに乾いたヨモギ葉を直接入れた椀に湯を注ぐ。椀の中で軽やかに茶葉が踊り、静かに沈んでいく様をかごめはじっと眺めていた。爽やかな草の匂いが鼻をくすぐる。
「……」
椀から茶を一口啜ったかごめがふと顔を上げると、隣に座って休憩をとる楓がいつもよりも年老いて見えた。そんな楓をかごめはじっと見つめるでなしに眺めていた。
「どうした?」
かごめの視線に気づいた楓が声をかける。
「うん。私にとって、楓おばあちゃんはやっぱり巫女以外の何ものでもないんだけど、どうして楓おばあちゃんは今もずっと巫女をやってるのかなって、ふと思ったの」
かごめは不躾にも楓の顔をまじまじと見てしまったことを少なからず申し訳なく思いつつも、祖母のような温もりを覚える楓に以前から感じていた疑問を問いかけてみた。
「ずっとか。……はっはっはっ、そうだな」
「私はこうして今、村の皆にお願いされたこともあって、へっぽこで頼りないけれど巫女の修行をしてる。でも、私にとっては犬夜叉と一緒に生きていくことの方がずっとずっと大事なことなのよね。何よりも、そのためにここにいることを選んだんだし」
かごめにとって何よりも大切に思うことは、素直な自分の思い。犬夜叉が好きだという心からの気持ちだった。
「そうじゃな」
にっこりと笑う楓。
「だから、それでも良ければってのが、一番の条件」
迷いなく言い切るかごめの瞳は清清しいほどに澄んでいた。
「かごめはそれで良い。おまえにとって、一番大切なことは犬夜叉とともに在ることだ。幸せにおなり」
楓は、素直に想いを口にできるようになったかごめが何よりも愛しいと思う。
「ありがとう、おばあちゃん。だからね、楓おばあちゃんにもそういう人っていなかったのかなって思ったの」
それは、いつであっても巫女としての自分を誇りに思い、その通りの決意のまま気高く生きる楓への素直な疑問でもあり、好奇心でもあり、畏敬でもあった。
「わしにか。ふふふ、わしに懸想する男もいないわけではなかったぞ。ただ、わしは何よりも巫女でありたいと思ったから、今のわしがある。そういう意味では、かごめ、わしもおまえと一緒だ」
巫女でありたいと願って、そのように生きてきたのだと快活に笑う楓にかごめは目を見張る。
「楓おばあちゃんは、自分の意志で巫女になったんだね」
「まさしくな。わしが生涯巫女であろうと思ったのは、何よりも桔梗お姉様をいつまでも身近に感じていたかったからかも知れぬな」
過去を振り返るように、懐かしくも、憧れともとれる笑みを湛えて、楓は静かに湯気を燻らせる茶で喉を潤した。
「桔梗を感じたかったから?」
かごめは、幸せの中でひとり逝ってしまった美しくも哀しい巫女の顔を思い出す。
「そう、わしにとって桔梗お姉様は全てだった。わしの憧れであり、お姉様の妹巫女であることがわしの誇りだった。この体にお姉様と同じ血が流れていることが本当に嬉しかったのだ。それは今も変わらぬ。もっとも今振り返ってみれば、当の桔梗お姉様はただ人になりたいと願っておられたようだ。それでもわしにとって、桔梗お姉様は誰より誇りに思う姉であり巫女であった」
桔梗を語る時の楓は、いつの時も陶酔するような目をする。まだまだ年浅いかごめから見ても、楓の桔梗への想いは女神を崇拝するというよりは、少女の純粋な憧れを体現したかのような純愛を思わせた。
「楓おばあちゃん。楓おばあちゃんの小さい頃のこと、おばあちゃんから見た桔梗のことを教えて欲しいな」
かごめの柔らかな微笑に導かれるのように、楓は瞳を空に泳がせ、想いを五十年の昔に飛ばせた。
『父さん、母さん……』
楓にとって、それが一番古い姉の記憶だった。楓が顔を上げると目に飛び込んできたのは、瞳を瞑り、唇を引き結んだ姉の姿。幼かった楓をぎゅっと抱きしめ、消え入るほどに小さな声で呟やき震える姿だった。
姉――桔梗の瞳には涙はなかった、と楓は記憶している。ただ、本当に幼かった頃の楓の唯一の記憶ゆえ、本当のところは定かではない。
楓に残る血縁者の記憶は、両親の顔はおろか、乳を含んだ母の温もりでも、村の皆の敬意を集めていたいう凛々しい父の広い背中や逞しい腕でもなかった。ただ一人、姉の桔梗の厳しくも辛そうな顔であった。ただそれだけが、脳裏に焼きついていた。
姉のほかに兄弟がいたという記憶も楓にはなかった。既に父も失われた。母もいない。その手が触れられる温もりは姉の桔梗より他にない。それは、親を亡くした幼子が生きていくために何よりも大切なものを本能が選んだともいえた。
「なぜ桔梗お姉様が巫女になられたかは、わしも直接は知らぬ。特に巫女に縁がある家系でもなかったらしい。それでも、わしが気づいた時には、既にお姉様は巫女であられた。だから、人伝(ひとづて)に聞いたことから類推するより他にない。ただ、お姉様が亡くなってわしがひとり残された時、先々代の村長(むらおさ)がぽつりと呟いたことがある。『桔梗様は、おぬしのために巫女になられたのだ』と」
「えっ?」
続いて『どうして?』と、かごめは問いかけたくなる。
かごめにとっての桔梗も、楓とは別の意味で巫女以外の何者でもなかった。愛したひとと共に生きたかったと、ただの女でありたいと願ったことは知っている。それでも、彼女は最期まで誰よりも心強い巫女であった。
かごめにとって、巫女ではない桔梗もあったのだという事実、それは素直な驚きであった。
「簡単な話だ。きっかけは、ただ単純に巫女というものが必要とされていたからだ。そして、偶然にも桔梗お姉様がそれに相応しい年頃だったこと、気性だったこと、生い立ちだったことに過ぎない。そして、桔梗お姉様には思いもかけず類まれな巫女としての才があったまで」
それは、戦国の時代に生きる者達の必定に過ぎなかった。
かごめが時を超えて現れた今も、その五十年の昔も、本質的には戦国の世の暮らしに大きな違いはない。霊力の強弱どころか、霊力の有無さえ関係なくたいていの村には巫女がいた。中には寺の僧侶や、男の巫覡(かんなぎ)がそれに代わるところもあった。今では『楓の村』と、巫女である楓に敬意を表して呼ばれるようになったこの村が特別なわけではない。
本来の村では、女はただ子を産み育て、未来に血脈を繋いでいく存在であり、村の行く末を決めるのは全て男たちによるものであった。そこに、女は要らない。ただ、一人だけ、特別な女が必要とされた。時に、女とは限らなかったけれど。
そう。村には巫女が必要なのだ。誰かが引き受けねばならぬものだった。
誰もが笑って少しでも幸せに生きるためには、大地が適度な降雨と太陽の恵みを受け、そして秋の潤沢な実りが必要なことは、あまりにも自然で自明なこと。
何よりも飢えないこと。それがまず生きて行く上で、最初にありきとされることだった。そして、それを心配することなく過ごせることはいかに厳しくままならいものでもあった。
天は必ずしも大地に恵みを与えるとは限らない。日照りとなれば人々は天を仰ぎ、天の神に雨を乞うしかない。川が狂うほどの長雨や嵐があればにみまわれれば、水の神に鎮魂の祈りを捧げる他に道はなかった。
かごめの育った世界では、いつ嵐がやって来るだとか、その年の雨の具合、日の照り具合についてある程度は予想もできた。そして、不作であれば他国より食物が多めに輸入され、その不足も高値という不運で済ますことができた。それでも、広く世界を眺めれば人知を超えた災害は決してなくなりはしなかったし、翻弄され命の危険に晒される人も少なくはなかった。
あの時代であってさえ。この時代であれば言わずもがなである。
そして、生きることも苦しい冬には、より多くが生き延びるために心を鬼にして厳しい託宣をする必要もあった。だからこそ、巫女や巫覡は必要とされた。できれば、村を守る力のある者が。
「本来、巫女にはわしのような老人ではなく若い娘がなるものだ」
自嘲するかのように、楓は笑う。
「確かにそうかもしれない。私の育ったところでも、巫女っていえば形だけだったけど若い女性ばっかりだったな。そういう私も中学生になったぐらいから、お正月の実家の初詣にはにわか巫女として刈り出されたけど、大人で私よりもずっとしっかり者のママは裏方だったもの」
「若さには、若いというだけで神に捧げる供物となるのだよ」
「へえーっ、そうなんだ」
「ただ、巫女となれば他の娘とは異なりいろいろな制約を受ける」
「たとえば?」
かごめは興味深々で楓の次の言葉を待っていた。
「そうじゃな、他の娘のように誰か良い人ができても、直ぐには夫婦にはなれぬ。代わりの巫女が立つまで待たねばならん。運が悪ければ嫁き遅れじゃな。まあ、大概は自動的に代替わりをせねばならぬ事態となるようだがね」
楓はくすりと笑った。
「おばあちゃん、それって…」
思わず、赤面してしまうかごめ。
「そんなものだよ」
楓はさらに笑う。
それがこの時代の普通。その点では実に大らかな時代でもあった。
「じゃあ、桔梗も楓おばあちゃんも代わりの人が立てば巫女を辞めることもできたの?」
巫女であることに囚われ、それゆえに孤独に苛まれた桔梗しか知らぬかごめにとって、それは予想外の話だった。
「そうとも言えるな」
巫女としての一般論から、楓はそう答えた。姉である桔梗に関してだけは、決してそうではなかったと、楓の視線が如実に語ってはいたけれど。
「桔梗お姉様がこの村の巫女となられたのが十一。わしが三つの時だった。その前の年に、わしらの親兄弟はそろって流行り病で亡くなってしまったのだそうだ」
「えっ……」
「この世で二人きりになったお姉様とわし。身寄りもない子供が生きていくのは大変なことだったと想像もつくだろう。選ぶ道も限られていたはずじゃ。もっとも、わしはまだまだ赤子と大差ない頃で何も覚えていないし、お姉様も何も語っては下さらなかった」
それは、この時代では厳しい現実でしかなかった。四魂のかけらを探す旅の途中でかごめが出会った幾人もの孤児たち。ある者は見捨てられ、ある者は村の情けで命だけは繋ぐような日々。そのほとんどが、命の瀬戸際で生きていた。
何かしてやりたい。叶わぬ思いに何度泣きたくなったことだろう。それでも、それがこの時代の日常と納得はできなくとも受け入れた。そして、心の中で、ただひたすらに願った。『あなたに幸あれ』と。
「……」
目の前で微笑む老巫女にも、あの凛とした桔梗にも、同じ過去があったとは思いもよらなかった。
「まだまだ幼かったとはいえお姉様ひとりだけであればまだしも、やっと乳が離れたばかりのわしがいた。おなごが身寄りもなく生きていくのであれば、身を売ることもよくある話だったし、わしも間引きされていたかも知れぬ」
「えっ、身を売る? それに、間引き……って」
そんな悲しい現実はかごめの想像の内には決してない。
「ありがたいことに、その時、この村の長が下働きとしてお姉様もろとも面倒を見て下さったそうだ。それでも、わしを抱えたお姉様はどれほど苦労されたことだろう。わしが今こうして生きて、かごめと相(あい)対していられるのも桔梗お姉様と当時の長のおかげだ。比較的、この村は気候も実りも恵まれておったからな。孤児であっても食い扶持は貰えた」
自然の恵みと人の情けが桔梗と楓の命を繋いだ。生まれ育った土地がもう少し北の地であったなら、短い夏、日照りの夏があれば、その時点で二人の命は失われていたかもしれない。
「そんなある日、お姉さまにお声が掛かったのだそうだ。巫女にならぬかと」
遠い目をして、楓はぽつりとそう言った。
「『巫女となれば、村に確たる居場所ができるぞ』と。お姉様が年頃になる頃には、妹であるわしもそれなりに育つ。次の巫女が立つまでで良いからと」
桔梗が巫女となることは、この世に二人きりの姉妹が生き長らえることでもあった。そして、生きるための選択肢としてさほど悪い条件でもない。
「そうだったんだ。でも、桔梗は死ぬまでずっと巫女だったでしょ? 巫女であることが苦しいほど」
それは、素朴な疑問。
「お姉様は巫女の才に恵まれておられた」
静かな声で答えが返る。
「うん。桔梗に敵うような、…ううん、並べるほどの巫女なんてどこにもいないわ」
かごめは誰よりも桔梗の凄さを心の底から認めていた。その気高さ、強さ、優しさ、哀しさまでも。
「巫女として大した修行などをせずとも、お姉様が雨乞いの神事を勤めれば雨が降った。病や怪我に苦しむ者も、お姉様が手をかざせば癒された。村は良い巫女を得たと心から喜んだそうだ。お姉様は村の長老たちから手解(ほど)きを受けると、瞬く間に医療者としても薬師としても才を発揮された」
楓は姉を誇らしく見上げていた日々を思い出していた。
「本当に凄かったのね」
桔梗の巫女としての素晴らしさに、かごめも素直にうなづく。
「わしは物心付いた頃からお姉様の傍らにいたので知っているが、お姉様ほど努力を厭わぬ方もいなかった。朝も早くに起き出し、夜も遅くまで繰り返し学んでおられた。わしを相手に練習もよくされておられたよ」
目を細めて自慢の姉を語る楓は、少女のように目を輝かせる。
「努力家だなんてとても桔梗らしいと思うし、桔梗でもそんなに努力が必要だったのかとも思うと、私はきっといつまでたっても半人前のままな気がしてくるわ」
他を圧するたぐい稀な霊力と誰にも負けぬ知識に裏打ちされた巫女としての桔梗。巫女として誰も隣に立つこともできない彼女にも、そんな時代があったのだという驚きと、全力を傾けて万全を期そうと努力する姿、それを実際に体現した桔梗にかごめは素直に尊敬の念を覚える。
「そうだな。お姉様は他人(ひと)には優しく、何よりも自分に厳しい方であられた。だが、かごめもなかなかの努力家だぞ。わしが保障する」
可愛い孫兼弟子に、優しい微笑を向ける楓であった。
「私は直ぐに忘れちゃうよ。楓おばあちゃんに甘えて、懲りずにまた同じ質問するの。駄目ね」
同じ魂を宿すゆえに、周りから桔梗の再来とその身にかかる重圧に時折溜息も出る。
「そんなことはない。決して諦めぬところはおまえの美徳だ」
楓も痛いほど分かっていた。楓は桔梗もかごめも知っていたから。ふたりの異なるところも、ふたりが同じところも。
誰に対しても慈愛を持って接した桔梗が、唯一厳しく接した相手が、かごめ。
ただ一人、桔梗が自分を超える者としてかごめを認め、期待をかけていたことを楓は知っている。時に、嫉妬が心を掠めるほどに。
真に才ある者は謙虚であった。けれど、その力ゆえに時に傲慢であるとさえ目に映り錯覚される。嫉妬するのはいつの時も凡人。楓にも、死人となった桔梗が彷徨い続けた気持ちが今ならばよく分かる。その嫉妬を覚えた心さえも。
楓とて、時として妬ましさを覚えるほどの天与の才――かつて目の前にあった才と、今も目の前にある才――に、同じ思いを抱く者だからこそ。
そんな稀有な才に触れて、心が曲がらぬままに居られたのは、ひとりは年が離れた実の姉であったため。時として、同じ血を分け合う姉妹であるのに何故と、歪みかけたこともある。それを救ったものも、姉と同じ血を持つ妹巫女としての誇り。桔梗を亡くしていたからこそ、足りぬ霊力は心がけでと踏みとどまる鍵となった。
もう一人は、あまりにも白紙であるからこそ。年降ることによって悟ったからこそ。
そして、才に恵まれ過ぎた当の本人には、才は必ずしも幸をもたらすとは限らないと知っていたからこそ。
自分は自分でしかないと真っ直ぐに頭(こうべ)を上げるかごめは、楓の目から見て、とても眩しい。かつて、同じように姉を追った自分を思い出す。だからこそ、かごめを心から愛しくも思う。
「ありがとう」
素直に他人(ひと)の思いを受け取るかごめは、稀有な存在でもある。強く、しなやかで、伸びやかで、時に烈火の如く腹を立て、時にこの世のすべてを優しく受け入れうるかのように、かごめは自然に笑う。
才に恵まれていても、この時代を知らぬゆえに未熟なままのかごめは、そんな意味でも幸せともいえた。
「ある時、お姉様の異才を聞きつけて、郡の禰宜(ねぎ)がおいでになられたのだ。そして、霊力をもっと磨いてみろとの沙汰があった」
楓の口調が少し固くなる。
「……」
かごめは何一つ言葉を挟むことなどできない。
「お姉様に選択の余地などあろうはずがない。言われるままに懸命に霊力を磨き、弓を修め、二年が過ぎる頃には、お姉様の高名は広く鳴り響くようになっていた」
当時に思いを馳せて、事実を淡々と語る楓。
「桔梗は、自分に厳しく、周りには優しい。本当に努力家だったのね」
素直に賞賛するかごめ。
楓は、ぽつりと口にした。
「お姉様は不運な方といえたかも知れぬ」
複雑な思いが交錯する。かつての楓にとって、それはとても誇らしいことであった。そして、全てが終わった今となって、それこそが桔梗にとっての不幸の始まりだったとも思えるから。
「不運?」
「お姉様には、思いもかけず霊力があり過ぎた」
「そっか、そうだよね。桔梗って稀代の巫女だったものね」
かごめにも、楓が語る不運の理由が推測できるほどに。
「巫女としての高名が広まると、いつも間にかお姉様は単なる一村の巫女ではなくなってしまった。稀代の巫女として尊敬され、巫女を下りることは勿体ないことだと言われるようになられた。そして、誰もがお姉様との間に一線を引いた」
かつて、楓自身も皆と同じ思いで姉を見つめ、姉の孤独に気づきもしなかった。
幼い自分にとって、姉は自分の誇り以外のなにものでもなかったし、同じ血を分け合うことが幼い楓にとっての拠り所であった。それが、いかに残酷なことであったか。今ならば分かる。
今更言っても詮無いこと。
そして、今も同じことを思うのだ。
『私とて、桔梗お姉様の妹巫女』と。
己の眼差しがいかに姉を哀しくさせたことだろう。
今なら姉の苦しみも分かるのに、当時を振り返ると同じ思いに立ち戻る。
「……」
かごめは、次に語られる楓の言葉が聞かずとも分かるような気がした。
「桔梗お姉様が十五となられたある日、白羽の矢が立った」
流れ行く雲に陽(ひ)がかげる。
かごめは、小屋の中の空気が急にひやりとしたような気がする。
「その時より、お姉様は四魂の玉を守る巫女となられた。その日から、お姉様は巫女を下りることができなくなられたのだ。ただの村の巫女のままであれば、長くともあと二年ほどであったのだがね」
幼かった楓に何ができたわけではない。あの頃の楓は、幼さゆえに、選ばれた姉の桔梗がただただ誇らしかった。
あれ以来、桔梗が四魂の玉を抱いて逝くその日まで、楓にさえ、愚痴一つ、涙一つ、決して見せはしなかった。
「すべては四魂の玉によって未来が決められてしまったのね」
今ならば、その意味するところは痛いほど分かる。
「誰もができることではなかったからな」
楓には、それしか言えなかった。
人でありながら人ではいられなくなった桔梗。
その生まれゆえに、妖怪にも人にもなれなかった犬夜叉。
その孤独がふたりを出逢わせた。
その寂しさがふたりを引き寄せた。
そして、互いの魂そのものがふたりを惹かれ合わせた。
ふたりとも、目の前の相手しか見えなかったのだから。
想いが「好きだ」という言葉になる前に、ただ見つめ合うだけで終わってしまった恋。
だからこそ、その純粋な想いゆえに今も犬夜叉の心に桔梗は棲む。
永遠(とわ)に……。
「楓おばあちゃん。桔梗は最期にとても幸せそうに笑ったんだって」
かごめは、あの日の夜のことを、楓に初めて告げた。
「桔梗の魂が天に帰るとき、桔梗は私にも触れていったの。とても穏やかで、優しさに充たされたように温かかった」
かごめは、かすかに笑みを浮かべて楓を見つめた。
「なかなかそれが受け止められなかったの。私は桔梗を助けられなかったから。もう少し早く弓が手にできていればと、そればかり思っていたの」
かごめの瞳に涙が溢れる。
「かごめのせいではない」
かごめがせいいっぱい頑張ったことは、言うまでもない。
最期の日が、たとえあの日ではなくとも、近いいつかに同じ結果が巡ったであろうことも。
世の理(ことわり)から見れば、やはり桔梗の存在は歪んでいたのだから。
死人として生き続けることは、決して桔梗の救いとはならなかったのだから。
それでも、心は助けたかったと叫ぶのだ。
「うん。桔梗も言ってた。泣くなって。魂は救われたのだからって」
それが真実。
それでも、心は願うのだ。
目の前で傷付いた桔梗を、助けたかった。
今にも消え入りそうな桔梗を、ただただ助けたかった。
「そうかもしれないって思っても、直ぐに自分にとって都合のいいことを考えてるみたいに感じられて、受け入れられなくって、……それが苦しかった」
桔梗と最期の最後に交感した心に間違いなどあるはずがないと頭では理解はしても、真実を受け入れることをかごめの心が拒んだ。互いを思いやる優しさがあったからこそ、余計に受け入れがたかった。
「かごめ、おまえも辛かったな」
ぽろぽろと涙を零すかごめの体を楓は抱き寄せた。
「泣けなかったから、余計に辛かった」
「そうか」
「犬夜叉が辛そうにしているのに、何もしてやれなかったのが辛かった」
「そうか」
かごめの瞳からは、止めどなく涙が溢れる。
楓にしがみつくようにして、かごめは泣いた。
幾たびも幾たびも語られる慟哭のようなかごめの告白と、その思いにただただ耳を傾け思いを受け取る楓のわずか三文字、一言だけの相槌がいつ終わるともなく続いた。
「でも、ある時思い出したの。私も桔梗も結局は同じなんだって」
いつの間にか、かごめの涙は止まり、瞳の奥に光が宿っていた。
「……」
「死人としての桔梗は、あれでけっこう幸せだったんじゃないかなって」
「……」
かごめの視線はただ一つ残された楓の目を射抜くように見つめる。楓は、その視線から目を離すことができなかった。
「死人という仮初(かりそめ)の命でも、桔梗は自分の意志で再び巫女として生き、真っ直ぐに私にも犬夜叉にも想いをぶつけた。犬夜叉に向かって、『おまえは私のものだ』と言い切る桔梗に私は勝てないと思った」
「……」
「桔梗の想いはいつだって真っ直ぐだった。怖いものなんてないんじゃないかと思うほど。だから、生きている私には絶対桔梗には敵いっこないって思った。桔梗ってばずるい!って思うくらい」
淡々と語られるかごめの桔梗への想い。それでも、そこには少しばかりの非難めいた色はない。 かごめの口元には、微かではあるけれど優しい笑みが浮かんでいた。
「……」
「でもね、違っていたの。桔梗は犬夜叉の心を縛ったわけじゃない。ただ、ひたすら犬夜叉が好きだっただけなの。犬夜叉も桔梗が好きだった。それだけなの。誰かを好きだと思う気持ちって止められないもの。私もそうだから」
「……」
なんて鮮やかに微笑むのだろうと、楓は眩しそうにかごめの顔に魅入っていた。
「好きな人が自分の願いをぜんぶ叶えてくれるなんてこと、絶対にできっこないわ。何故って、私は犬夜叉じゃないもの。犬夜叉が二度と私のそばから離れないって前に言ってくれたけど、できるわけがないってことも分かってた」
笑みを湛えながら、犬夜叉の不実を認めるかごめ。
「誰かを好きになることも、憎らしく思うことも、悲しくなることも、自分じゃどうにもならないの。私は犬夜叉が私を大切に思ってくれることはいつだって信じられる。でも、犬夜叉が桔梗も大切だって思うことを止めさせことはできない。私は犬夜叉じゃないから。誰かを好きなことを止めようと思ったって止められないことは、私が一番知ってる。だって、私がそうだもの。犬夜叉もそう、桔梗も同じだったと思うもの」
壮絶な笑みというのは、今のかごめの顔に浮かんでいる“それ”なのだと楓は理解する。
誰かを愛すること。
全霊を込めて愛すること。
わずか十五歳。
それほどまでの深い想いで、目の前の少女は、ただ一人の男(ひと)を愛してきたのだと。
そして、こうも告げるのだ。
それは自分だけではないのだと。
恋敵である桔梗も同じ想いで生きていたのだと。
全ての想いを受け止め、微笑むかごめ。
「かごめ、おまえは大きいな」
楓には存在しなかったかごめの炎を思わせる想いに中てられ、ぽつりと呟いた。
「あらおばあちゃん、私はちっとも大きくなんかないわよ。きっとね、私が今こうして幸せだなって思えるのは、犬夜叉に私の欲張りな願いをいっぱい叶えてもらったからよ。桔梗も犬夜叉に何よりも欲しい願いをちゃんと叶えてもらったから幸せに逝けたんだろうなって思ったの」
先ほど楓が覚えた壮絶さは、いつの間にか、かごめから霧散していた。
かごめが魂の底から願ったもの――振り返ってみれば、かごめは最初から手にした。
一つ、犬夜叉に生きていて欲しい。
一つ、犬夜叉に笑っていて欲しい。
一つ、犬夜叉のそばにずっとずっと一緒にいたい。
全部、最初から叶っていたのだと。
欲張りな願いがあるとすれば、犬夜叉を好きだという想いを犬夜叉に受け取ってほしい。
犬夜叉はそんなかごめの想いを受け取り、きちんと返してもくれた。
そこには、かごめと犬夜叉しかいない。
同様に、桔梗が魂の底から願ったもの――それはたった一つの願い。
一つ、変わらぬ想いを犬夜叉に受け取って欲しい。
犬夜叉はそんな桔梗の想いを受け取り、きちんと返してもくれた。
そこには、桔梗と犬夜叉しかいない。
「同じなの。私も桔梗も、心から欲しいと願った何よりも大切な想いは全部犬夜叉に叶えてもらったの。勝ちも負けもないの。そのことに気づいた時、桔梗は幸せの内に逝ったんだって、やっと受け止められたの。ずいぶん時間がかかっちゃったけどね」
湖の水面が静かに澄むような穏やかさを、かごめは湛えていた。
「私って本当に幸せだなって、改めて思ったの。そんな優しいひとにちゃんと想いを受け取ってもらえたんだなって。私といえば、すぐに怒って、『言霊』で鬱憤を晴らしていたのにね」
舌をぺろりと出すかごめには、先ほどの“女”の顔はない。
「おやおや、のろけかね?」
そんなかごめの打って変わったような無邪気な様子に、楓は半ば冗談でからかった。
「……そうよ、大のろけよ!」
一拍の後、かごめは頬を真っ赤に染めて言い切った。
今ならば、楓にも桔梗の孤独が分かる。
今ならば、楓にも桔梗が生(き)のままの感情があるひとりの人間だったのだとよく分かる。
寂しがり屋で、真っ直ぐで、とても不器用で、それでいて、ひとを深く深く愛する人だった。
「そうだな、お姉様が死人として蘇ったことは、とても幸せなことだったのだな」
かつて楓は、妹として再び巡り会えた姉の存在に素直に喜び、巫女としてその歪んだ禍々しさに眉をひそめた。その両極の思いの狭間でずっと楓は揺れていた。
姉がもうこの世にいないと知ったとき、何よりも安堵を覚えたことに楓は罪悪感さえ覚えた。もう揺れなくても良いのだと。考えなくても良いのだと。姉は、桔梗は、この世にいないのだからと。
楓は自分の胸に、温かな灯りが点った気がした。
「うん。私もそう思えるようになった。桔梗は、犬夜叉に死ぬまでずっと好きだったって、伝えたかっただけだったんだろうなって。そんな桔梗の一途さには負けちゃいそうだわ」
それは、かごめの桔梗への素直な羨望でもある。
「おや、かごめは勝ち負けを言わないのでなかったのかね?」
「楓おばあちゃん、私だってね、桔梗に負けないくらい犬夜叉が好きなの。女として、好きなひとへの想いの強さが負けてるなんて、やっぱ自分が許せないじゃない」
齢を経た老巫女の呵責を無意識のうちに救った十五歳の少女は、両の拳を握り締め軽やかに宣言する。
「そういう勝ち負けなのかね?」
その思考のおめでたさに、楓は思わず噴出しそうになる。
「それ以外に、何かある?」
屈託なく問い返すかごめ。
「おまえは強いな」
「もう、楓おばあちゃんまで犬夜叉と同じこと言う!」
「なんて言って欲しいのだね?」
「そうね、『かごめは“健気”だな』とか」
頬に指を当て、誉め言葉なら何が良いかと吟味するかごめ。
「……」
そのあまりの屈託のない朗らかさに、楓は思わずあきれてしまう。
「おばあちゃん、なんで鳩が豆ぶつけられたみたいな顔してるのよ」
そんな楓を目ざとく見つけるかごめ。
「ああ、悪い悪い。かごめ、おまえはなんて…」
思わず、横目でかごめの表情を盗み見てしまう。
「なんて?」
かごめは、楓の次なる自分を形容する言葉をわくわくして待ち構える。
「なんて、……逞しい!」
選びに選んだ言葉はこれ。楓にとっては素直な気持ちでもあった。
「おばあちゃん、さっきより悪い!」
どこまでが本気で怒っているのやら。頬を膨らませてかごめは抗議する。
「かごめ、楓ばばあ、おめえら、何大声出してんだ?」
小屋の入り口の戸板代わりに提げられた簾(すだれ)を跳ね上げ、覗き込む人影があった。
それは、緋色の衣を身にまとった件(くだん)の少年――いや、青年に近づきつつある少年。
「ぎゃ〜っ、犬夜叉! 何でそこにいるのよ」
目の前の人物を、先ほどまでこれでもかと賞賛し、のろけていた自分の言動を思い出して、かごめは叫ぶ。
「なんでぃ。俺がいちゃ悪いことでもあるのかよ」
何か責められることでもしてしまったのだろうかと、ぴくりと緊張感を顕にする犬夜叉。時折大人気ない言動をしてしまう彼にとっては、それは条件反射となっていた。
「いつからいたの?」
探るような目で、問いかけるかごめ。
「今来たばかりに決まってるだろ」
それは真実。犬夜叉は嘘など付かない。
「は、は、は……」
思わず『よし!』と心の中でガッツポーズをしたであろうかごめの瞳は、きらりと煌く。
「おめえら、俺に聞かれちゃ拙(まず)い話でもしてたのか?」
宙を泳ぐ目線が、いつの間にか妙な光を宿す瞳へと変わる。まるで七面相を見ているかのごときかごめの様子は、鈍の雄でもある犬夜叉の目にもいぶかしい。
「別にそんなことないわよね。ね、楓ばあちゃん!」
かごめの額からは、思わず冷や汗が流れる。
「……」
沈黙を守る楓。楓はかごめの目を上目遣いで覗き込む。
「な・い・わ・よ・ね」
隣にいる大好きなひとへの愛しさいっぱいの想い。
それは、心を幸せにする温かな想い。
それは、心を苦しいほどに熱くする想い。
確かに、偽りのない想いではあるけれど、面と向かって相手には言いづらい想いでもある。
それを、乙女心とも呼ぶ。
「まあ、……そうだな」
そんなかごめが可愛らしく思え、楓は助け舟を出す。
「気持ち悪りぃな、おめえら」
そんな時、蚊帳の外に出されるのは、決まって話題の主。
「で、それはそうとして、犬夜叉。どんな用件かね?」
楓の切り替えは早い。
「かごめを借りてって、いいか?」
いつの間にか戸口から入る日は西に傾いていた。
毎日夕刻が近づくと、決まって犬夜叉はかごめをこうやって呼び出しに訪れる。日が傾くまでの一刻――二時間――ほどをふたりでようようにして過ごす。それは、初々しい恋人達のひと時である。
「ああ、今日のかごめの学びは終わりだ」
にっこりと微笑む楓は、師から祖母の顔へと変わっていた。
「えっ、もういいの? さっき休憩したばっかりだよ」
かごめにとっては、今はまだ小休止の最中であった。
「外を見てごらん、かごめ」
「うわっ、もうこんなに日が傾いちゃってるわ」
かごめは時の経過に初めて気づく。
「犬夜叉、かごめ。逢引でも何でも好きなようにな。そうそう、特に犬夜叉に言っておく。別に毎度きっちりと一刻で戻らぬでも良いからな」
それは、楓から恋するふたりへの心からの叱咤激励であった。
「お、お、おばあちゃん!」
「こ、こ、こんの、腐れ婆あ!」
揃いで顔を真っ赤に染めて叫ぶ似た者同士の初心(うぶ)なふたりであった。
「行くぞ、かごめ。こんな婆あの相手なんかしてられるか!」
「う、うん。楓ばあちゃん、ちょっと出かけてきます」
それでも、今ではそれがごく自然な仕草となっていることに本人たちは気付きもしないで、ふたりは互いに手を伸ばし指を絡めて、にこやかに簾を跳ね上げ駆け出していく。
今頃になって分かったことがある。
この年になって、初めて気づかされたことがある。
お姉様が亡くなる以前より、私はお姉様――あなたをずっと追いかけていた。
ただひたすらに憧れ憧れて、あなたのように強くなりたいと。
私にとって、お姉様――あなたは生きる目標だった。
お姉様が亡くなったあの日、私はお姉様――あなたのようになりたいと思った。
ただひたすらに憧れて憧れて、あなたのような強く優しい巫女になりたいと。
私にとって、お姉様――あなたはずっとずっと支えでした。
この年になって、やっと気づかされたことがある。
一度失ったからこそ、そのことに気づいた。
お姉様、
あなたが願った来世のあなたは、
過去のあなたにまだまだ至らぬと、あなたを指標に日々努力しております。
お姉様、
あなたが願った来世のあなたは、
過去のあなたのように、周りの幸せを日々願って努力しております。
お姉様、
あなたが願った来世のあなたは、
過去のあなたもひっくるめて、自分自身も幸せになろうと日々努力しております。
お姉様、
あなたが願った来世のあなたの中で、
あなたは今、幸せに包まれ、優しさにまどろんでいらっしゃいますか?
お姉様、
あなたが願った来世のあなたのおかげで、
私はあなたの心に、やっと触れられました。
感謝しております。
あなたの妹に生まれることができて、私はとても幸せでした。
- 了 -
初出 2007.07.30
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