廻り逢い〜運命の君〜
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漆黒の闇の底。
どこまでも続く永遠の静寂。
鼻孔(はな)が捉えるあの懐かしい匂い。
それは、暖かな陽射しを思い出させる優しいぬくもり。
それは、俺の頬に触れる柔らかなぬくもり。
それは、鼻をくすぐる優しい匂い。
「……夜叉」
微かに、俺を呼ぶ声がする。
遥か闇の彼方に光が点(とも)る。
―――ドクン。
止まったはずの俺の時間(とき)が動き出す。
暖かな光に呑みこまれ、俺は覚醒の瞬間(とき)を迎える。
―――ドクン、ドクン。
忘れえぬ匂いを俺の鼻孔(はな)が嗅ぎ出(い)だす。
俺の身体を熱い血潮が駆け巡る。
―――ドクン、ドクン、ドクン。
俺の意識が浮かび上がる。
深遠なる闇でのまどろみの記憶と引き換えに、新たな誕生を迎える。
この匂いだ。
俺を拒絶した憎らしい匂い。
この匂いだ。
それでも、俺が求めた愛しい匂い。
この匂いだ。
寄せては引く波を追うかのように、俺は何度恋いて手を伸ばしたことだろう。
俺は、ゆっくりと瞼を上げる。
空には闇を照らすまばゆいまでの望月の光。
永遠の静寂をなぎ払う黄金(きん)の光。
―――眩しい。
光の下、最初に俺が捉えたのは、誰よりも逢いたかったおまえ。
漆黒に煌く瞳、白い肌、緩やかに流れる長い髪、何より変わらぬおまえの匂い。
「おい、桔梗!」
俺は、想いを込めて……その名を呼んだ。
ずっとずっと、おまえに逢いたかった。
「なぜ、俺を殺した?」と聞いてみたいのかどうかも分からない。
ただ、もう一度おまえに逢いたかったんだ。
「あんた、……生きてるの?」
この声だ。
懐かしいこの声音(こわね)。
この声を、もう一度聞きたかった。
「……桔梗」
名に篭るという言霊を信じて俺は呼びかける。
真っ直ぐに俺を見つめるおまえの瞳には驚きが浮かぶ。
俺が生きているのは、そんなに不思議か?
俺が生きていることは、……おまえにとってそんなに疎ましい…ものなのか?
そして、桔梗は―――。
「人違いしないで! 私は桔梗なんかじゃない」
なぜか、こう言った。
「ふざけんな!! こんな鼻持ちならねえ匂い女!! おまえの他の誰がいるんだよ!」
俺の想いを拒絶するおまえに、もう一度逢いたいと願ったおまえに、つい、けんか腰で言葉を返してしまう。
目の前のおまえの瞳に映る 俺の金色の瞳。
見つめ合う俺の瞳に映る おまえの漆黒の瞳。
最期に見つめ合ったあの時と、何もかも同じじゃねえか。
信じられはしない。おまえが桔梗じゃないなんて。
同じ匂い、同じ声、真っ直ぐ見つめ返す同じ瞳。
けれど、何かが違う。
同じ匂い、同じ声、真っ直ぐ見つめ返す同じ瞳。
俺はおまえをよく知っている。
おまえの匂いを、おまえの声を。
俺は、おまえだけを求めていたはずなんだ……。
――クンクン。
それは、暖かな陽射しを思い出させる優しいぬくもり。
それは、俺を照らし出す一条の黄金(きん)の光。
今はもう、はっきりとは思い出せない夢の彼方に浮かんだあの笑顔。
今はもう、朧にしか思い出せない俺を呼んだ朗らかなあの声。
間違いなく、あれはおまえだ。
……それだけは分かる。
「…ん? おめえは、桔梗…じゃ…ねえのか?」
信じられはしない。おまえが桔梗じゃないなんて。
同じ匂い、同じ声、真っ直ぐ見つめ返す同じ瞳をしたおまえ。
俺はおまえをよく知っている。
俺はおまえを求めて、この世に蘇った。
「桔梗じゃねえって言うんなら、おまえはいったい誰なんだ?」
「わかった…? 私の名前は…」
奇蹟のようなふたりの物語の始まりを告げる、これが出会いの時。
運命の君との初めての邂逅。
『犬夜叉、探し出しなさい。
おまえだけの大切な方がこの世の何処かにいらっしゃいます。
母がおまえの父上に出会ったように、おまえにも必ずいらっしゃいます。
何より大切なその方を見つけ出しなさい。
その方もおまえとの出逢いを待っておいでです。
おまえと一つの魂を分け合ったその方を…』
それは、かの人が最期に残した、
少年が記憶の淵に沈めてしまった大切な大切なただひとつの希望。
伝説は伝える。
【日暮神社 縁起】
壱之章 『邂逅』
「狛の神、『禁域の森』にて運命の巫女と出逢えり」
- fin -
※原作第一巻 第二話より 台詞の引用をしています。
初出 2006.05.08 / 改訂 2007.05.16
みぃ様「もう一つの始まり」より